後ろ向きな人格になってしまう原因は、親離れしていないことです。
自分が親より先に誕生しているのです。
普通は、親と子なら親の方が先に生まれています。
しかし、親離れしていない人の「認識の世界」では、親より先に自分が存在しています。
時間が逆向きになってしまう原因です。
父と母が、いつまで経っても「お父さん、お母さん」という存在に見えています。
子供がいる人はわかると思いますが、自分が父や母になったのは子供が生まれてからですね。
つまり、子供に対する立場として、後から生み出された一側面でしかありません。
自分自身が父親、母親、という生き物に変わったわけではありません。
しかし、子供は親離れしないといつまでも「父と母」を自分のために存在している人間だと思って生きていきます。
ずっと子供のままなのです。
自分の方が先に存在していますから、自分が親を変えようともします。
ところで、親より先に生まれてきた自分はなんなのでしょうか?
祖父母でしょうか?
親の親でしょうか?
自分は親より後から生まれたとわかっている気になっているのに、実際には親より先に生まれてきた存在として生きている。それが親離れせず後家気になっている人です。
後から存在した人間が、先に存在したつもりで生きているのです。
もうなんでも知っています。
既に死んだからです。
親より先に死んだ子は、賽の河原で石を積む、という話を聞いたことがあると思います。
「親のため」と言いながら、同じことを繰り返します。
何度失敗しても、何度でも同じことを繰り返します。
既に死んだのです。
「既に終わったこと」を自覚できないと、三途川を渡ることはできません。
「私のために存在する世界」を生きようとする人は、いつまでも同じことを繰り返します。
自分の前に、世界が自分に望ましく変わることを期待して生きています。
自分一人で全ての人を変えるとなったら、どれだけ大変なことか。
それを死ぬまでやり続けるのです。
自分が世界の中心です。
まず、世界には私がいた。
それから、私を中心に世界は作られる。
これが、既に精神が死んだ人の生き方です。
何もかも知っていて、何もかも正しい。
私のために存在する人類を支配するために生まれてきた「何者か」なのです。
命はありません。寿命があれば決してやらないようなことをやり続けて生きています。
共に生きようとしないことです。
自分が既に死んだ人ならば、生きた人間は逃げていくことでしょう。
生きる人には未来があります。
死んだ人には未来はありません。
死んだ人は既にこれからどうなるか、何が幸せか、何もかも知っているので、知っていることを実行し、わかっていることが起きるのを待つだけなのです。
未知のものは何もなく、だからこそ、知らないものを知りたいと思う好奇心はないのです。