本人にとってはいきなり現実が消えてなくなるかのように、破綻してしまうことがあります。
原因を無くせば起きなくなります。
・自分の過去を話して、それを聞いた相手に過去を理由に動いてもらうこと
・自分の心の中(どんな気持ちだったか、なぜこうしたか)などを自ら説明すること
・自分を望んだとおりに印象付けるために演技をすること
とりあえず、この三点をやらない
これらをミックスした場合の例はこんな感じです
誰かに出会いました
相手は当然知らない人です
人間関係の始まりです
まず、相手に自分をいい人だと印象付けるために、「普通はこうするもの」「優しい人はこうするもの」など、何かで覚えた言動を基に演技をしながら接します
相手が演技をしていなくても、自分だけ演技をします
そして、好意的だと判断したら、自分の辛い過去を話します
ここで、「何かしてあげなくてはならない感」を煽るために相手の様子を見ながら誘導していきます
接している際は、何かしてあげても「なぜ私がこうしたのか」を自分で解説します
自分の心の中で起きていることについて、相手に教えます
相手が気付かない時は、態度に出して気を引きます
自分が望んでいる流れに沿って相手が動くよう、少し動いたらその次、と流れに引き込んでいきます
これが最悪のパターンです
いきなり崩壊します
理由は、自分は相手を操作しているつもりですが、相手は相手で人間ですから、ただ望んだとおりに動いているわけではなく、一回一回、相手には相手で思うところがあって動いているからです
この最悪パターンは、願望を叶えたい人がやるものです
過去に恨みや未練がある人です
過去から維持している感情を鎮めるためにやっている行為です
過ぎたことは今出会った相手には関係ないですが、「気が済まない」ので気分をなんとかするためにやっているだけです
自分の心や過去を説明したからと言って、自分の気分が良くなるために他人が自然に動くなんてわけがないですから、ハッキリ言って全てごっこ遊びと同じです
望んだとおりに動いてくれても、「望んだとおりのことを思ってくれる人」は存在しません
相手の心は見えませんから、状況から相手がどう思っているのか、経緯に沿ってしか動きませんからそれを計算に入れていなければなりません
どちらにせよ、「気が済まない私」に付き合ってもらっているだけですから、今まで起きたことは起きた通りに存在していたわけではありません
形の通りのことが起きていたのではなく、偽物です
心を慰めるためにやっていたことなので、現実に自分の身に起きていたことではありません
本当に起きることは自分が他人を操作して起こすものではありません
自分は自分の意思で、相手は相手の意思で動いていて本物です
何が起きるかなど決められませんが、少なくとも本物はいきなり消えたりしません
先の例は我慢も限界となるといきなり破綻します
ですから、先の無い出来事です
自分もですが、相手もその後がありますから、互いに破綻した後困るような真似をしない方がいいでしょう
本物の場合は、見えないものは見えないままです
説明するなんてことはありません
自分が何かしてあげても、いちいち「どうしてこうするかって言うと」なんて説明しません
見えないところは見えるところと常に同時に存在しているのですから、いちいちそんなことは言わなくていいし、言っていたらキリなく「話が進まない」のです
現実が破綻した、と思った人も、実際には現実が破綻したのではなく
「現実を進めないように夢につきあってもらっていただけ」ですから、落ち込むことはありません
まだ何も始まっていないのですから、実際に現実が進んでいくように「余計なこと」はしなければいきなり消えてなくなるような未来にはなりません