知り合ってまだ間もないのに、相手の過去の話、親や家族の話など、相手の記憶の中にしかない話ばかりされたのはなぜか。
仲良くなりたそうに思えるかもしれませんが、相手はあなたと仲良くなる気は微塵もありません。
ここは勘違いしないように。なれるわけないのですから。
人と仲良くなっていくためには、共通の思い出、体験が必要です。
いきなり「相手にしかない過去の続き」にしようとされているのは、相手があなたに興味がないからです。
どこまで行ってもこっちは部外者ですから、今後どのようなことがあっても親しくなれるわけがありません。
夫婦は夫と妻だけの関係であり、当事者は二人しかいません。
関係は当事者同士の問題ですから、「自分が部外者」にしかなれない話をされているのはあなたに興味がなく、あなたと親しくなりたくないからです。
「この人とは親しくなりたくないな、恋愛関係になりたくないな」
と思った時、過去の恋人の話をします。
まだ親しくないので、「別の人」の話をすることで頭の中に相手を入れないようにするのです。
目の前の人を心の中に入れたくない時に、相手が決して登場しない、関わっても来られない話をします。
そうすることで、相手との関係を完全にシャットアウトできます。
「この人のことは記憶にも残したくない」
という場面で使える手段です。
目の前にいて「うわー、ちょっと無理だなー」と思うほどの相手に出会った時は、相手のことは考えたくないので、考えたい過去の記憶を想起して話をします。
そうすることで、心は過去に旅立っていき、目の前の人と共にいる、という「嫌な現実」を拒否できるのです。
心で拒否している時にやることです。
親しくなりたくないことを暗に伝えるための手段でもあります。
いたくもない相手といる時は、別のことを考えてしまうものです。
過去ばかり話してくる人は、自分と一緒にいたくないのです。
相手に聞く必要はありません。聞いたら誰もが「そんなことない!」と言うでしょう。
親しくないからこそ、そう言うのです。
「起きていること」を見れば何をされているのか丸わかりです。
言葉で確認する必要はありません。
理由はどうでもいいのです。どちらにせよ決して親しくならないことだけは確かです。
物理的に目の前にいることはどうしようもない、と大抵の人は諦められます。
しかし、心は自由です。
どうしても一緒にいたくない場合は、別のことを考えるのです。
そして自分と仲良くなりたくないことは罪ではありませんから、少なくとも相手も嫌々自分と接しているのだと悟るしかないでしょう。
相手が知らない話ばかりしていれば、共通の時間を持つことができません。
お互いが当事者である関係を作れなくなります。
作れなくなる、ということは、「作りたくない時」にやることなのです。
現実は今起きてることで判断するものです。
どう思っているのか、言葉で聞く時は自分が真実を知りたくないからです。
起きていること全体で見れば、自分と親しくならない人だけが過去の話ばかりしてくるとわかります。
逆に、親しくなる場合はお互いに過去の話をしません。
相手にはわからないことを話しても、相手はただ聞く一方になります。
それでは親しくなることも、共通の思い出を作ることもできません。関係そのものが何も始まらないままになります。
どちらもが同じ立場になるように配慮するのが、親しくなっていける相手との始まりです。
過去や背景よりも、今ここにいる時間を大事にします。
過去の恋人や親などの話ばかりをされるのに、あたかも親しくなりたいかのように「見せかけてくる人」がいますが、それは自分になにかやらせたいことがあるだけです。
その「やらせたい仕事内容」に比例して、自分に好意的に見せてくるでしょう。
今ここにいて、「あなたのことを考えたくありません」とはっきり行動で示しているのですから、仕事を頼みたいだけなのだと理解すればいいのです。
今目の前にいる人を放置して、自分しか思い出せない世界の話をしているのですから、その時点で心の中では拒否されていることは明白です。
絶対に共有不可能なものを出してくるのは、「共有したくない」からです。
当事者たる本人にどんなに詳しく話を聞いても、話題となる問題の部外者でありながら他人の過去の続きを生きることはできません。
共に生きる未来を作りたい人は、今ここで始まるものを大事にします。
少しずつでも本物の関係が作られ、少しずつでも本物なので自然に進んでいきます。
いきなり消えることはありません。
何よりも、互いの意識が今ここにある場合は互いに通じ合う実感があります。
しかし、部外者だった場合はどこまで行っても部外者です。
いつも遠くの話を聞いているような感覚で、テレビドラマを目の前で見せられているような不思議な気分になります。
今ここで起きていることが現実だとは全く感じられません。
心がバラバラなので、そうなるのは当然なのです。
大抵の人は自分が好かれたいし、嫌われている、無視されているという現実自体は望ましいと思いません。
しかし、傷つくかもしれませんが、現実は現実のまま、起きていることは起きているままで受け入れるしかありません。
関係そのものは一切作られませんが、仕事と同じなのでなにかそこで得られるものを持って、やはり相手には関係のない自分の未来に進むしかないでしょう。
最初から始まりもしない関係は、いきなり相手の過去の話から始まります。
何かの途中でやってきた人なのです。自分は最初から一切関係ありません。
「あなたと共に生きたくないけれど、私の過去の関係をなんとかする手伝いをしてほしい」
こんなところです。
そこは割り切って生きた方が気も楽というものです。
どうしても忘れられない人がいる誰かに出会った、というだけなのです。
相手がいつまでも愚痴を言うならば、愚癡の相手のことが忘れられないのです。
それだけ執着しているのですから、話題の相手が親でも別れた恋人でもなんでもいいですが、とにかくまだその人が好きだということなのです。
過去が終わらない人と共に進める未来はありませんし、「親しくなりたくない」という理由であえてとっくに忘れて気にもしていない過去の話をする場合もあります。
ですから、どんな理由かはわからなくてもいいので、とにかく「自分と共に進む未来は作りたくないのだ」ということだけわかればいいのです。
どうせ今後の自分には関係ない別世界の人なのですから、自分の未来だけ考えていた方がいいのです。
自分の未来を考え、しっかりと一人で進む道を進んでいけば、相手はそのうちいなくなります。
その相手とは、出会っているようで、出会ってもいなかったのです。
今から可能な未来を進みたい人もいれば、今までに合わせた未来にするために生きている人もいます。
過去が大事な人は「必要なもの」が最初から決まっているので、今ここで初めて出会った誰かと共に生きる未来など最初から必要としていないのです。
ですから、あなたが「今ここで出会ってはじめてその人の存在を知った」ならば、あなたは最初からその人にとって不要な人間です。
相手が必要としているのは、「最初から自分を知っている人」であって、今はじめて自分を知った他人ではないのです。
話をしたら自分の過去を自分と同じように思い出す事ができる、自分の過去の続きを一緒に生きてくれる他人を探しているのです。
そんな人がいるわけない、と思いますか?
確かにそんな人はいません。
ですから、その事実から「この人は人間そのものが嫌いで、人間と関わりたくないのだ」ということがわかるのです。
起きていることから、すべてを知る。
言葉は真実ではありません。