結論が出たので、断言しておきます。
愛されずに育ったとしても、自分の人生を生きられないわけでも、不幸な道を行くわけでもないです。
全く関係ないので、大丈夫です。
誰でも大丈夫です。
これから有料会員向けに少し説明したものを配信しますが、全部説明していると時間がかかるのでそれは後日になります。
でもとにかく大丈夫です。
皆さん気にならないようなのですが、愛されずに育った自分、という人間の未来は、永遠に来ないゴールを求めて彷徨うだけのものになります。
仕方ないのでこれも断言しておきますが、加藤諦三先生も彷徨っておられます。
愛されずに育った人が本当に救われたら、もう自分を好きになって幸せとは何か知っているでしょう。
全然そうなっていないのは、方法が間違っているからです。
不幸な人は救いを求めるし、救い主になりたがります。
だからセットになって存在しているだけで、そのセットは固定されているので変わることはありません。
しかし、固定されたセットから単独で個人の人生を生きる道に進みたいなら方法はあります。
僕は最終的にどうすればいいのか明確にわかって説明できるようになるまで、考え続けなくてはならないと思っています。
なので、考え終わって原因もわかって、どうすればいいのかもわかったので早めに答えだけは書いておきます。
まったく心配いらないことなので、もし「今までの人生はなんだったのか」と思うほど平和で「普通」な道を行きたい人は、安心してください。
心理学では自己不在なんて言いますが、その原因もわかりました。
大丈夫です。
やろうと思えば、誰でもできる方法でなんとかなります。
私は愛されていない、と思った人は、子供から見た親、親の行動や発言など形あるものだけで愛されていない気の毒な人間だと思ったでしょう。
親の胸の内や、誰にも言えずにいること、親の思い描く想像など、まだ知らないこと沢山あるでしょう。
それらを合わせたら、納得できるようになっていますから大丈夫です。
僕が子供は親が好きなもの、と決めつけてしまい、「親を見捨てていないか」と疑うのも失礼な気がしていたので、気づくのが遅くなりましたね。
優しい子、という表現を加藤諦三先生がよく使うのです。
優しい子なら、親を謀ることも疑うこともないです。我慢して従ったりしないです。
あと、自分で自分のこと優しい子なんて言わないです。
本当に優しかったら、親のことを心配して親に恥をかかせたくないと思っています。
優しさは心です。
相手の心を大事にするのが優しさです。
だから優しい子は親の心を大事にしています。
ご機嫌を取るのは親を疑っている子供なので優しくありません。
親を恐れて信じない子は優しい子ではありません。
その辺の誤解もあると思いますが、とにかくそういったことはどうでもいいのです。
本当に、今まで悩んでいたことがなんなのかってくらい、全然違う方向性でなんとかなります。
新しい世界が生まれるだけなので、苦しんで何かを変えていく必要はありません。
とりあえずそれだけは先に皆さんに伝えておきます。
僕はわかるにはわかりますが、もう現代社会に昔のようなやり方も職業もないので、説明の仕方を考えることにします。
ブッダの説いた通りなので、本当に気づくだけ、心配無用です。