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気付ける人は一瞬で終わる、心の問題 ~無料記事~

 これは100%確実だと保証してもいい話なのですが、自分の心を見て接している人と、自分自身も相手の心を見て接すると、確実にわかるのです。

 皆さんは、そんなことはあるわけがない、と思うことでしょう。

 わかる人は殆どいませんから。恐らく数%の人間しかわからないと思います。

 丁度、先日紹介した松下幸之助さんも言っています。

 「この人の心はここにいないんや」

 と思うと。そして「なんや寂しい気分になる」と。

 僕も同感です。

 この「寂しい気分になる」の寂しい度合いは、人の心が見える度合いと比例しています。

 僕は中学生の頃には人の心が随分わかるようになり、友達が向こうからも沢山声をかけてくれるようにはなったのですが、誰も他人を見ていないという現実を知り違う意味でまた死にたくなったものです。

 僕は多分、一般的に言うならば天才と言うより霊能力者に近いのだと思います。

 勿論、自分では摩訶不思議なことだとは思っていません。第六感以上の高い感覚機能を「覚醒」させているだけです。一般的には不思議でも、逆に研究世界の方が不思議に思わない人たちがいます。
 十五感二十感なんて数まであると言われているのに、一般的には五感までしか本当にあるとすら思われていません。
 それしかない、と思った人はそれ以上の能力は覚醒しません。 

 今、多くの方が人を罵り、何が正しい悪いと言い合いながら、悪口仲間と一緒に生きています。

 しかし、そのような人達も心通う仲間といるわけではなく、本当は人間が怖いです。

 寂しい上に群れから排除されるのが怖いのでやたら群れていますが、群れを少し離れると孤独になります。

 相手の存在が見えないまま接し続けているから、形あるものにばかり気を取られているのです。

 見えない存在がわからないから、怖いんですよ。

 不思議な話ではありません。

 目で見えるもの、形になるものだけが「本物だ」としたら、皆さんの心はどうなるのでしょうか。

 過去の話なんて、聞いても想像がつきません。ついたところでだからどうだと言うのでしょうか。

 何を知って欲しいのでしょうか。何がしたいのでしょうか。

 僕は、過去の話を必死になってしている人間が、心の中で孤立してしまい、怯えているのが見えます。

 出口を探しているから、「わかってくれる人」を探しているのです。

 「誰か見つけてくれ」と他人を求めているのです。

 心の中で孤立して、安心できそうな人を探して生きているのですが、結局どこまで言っても形で確認する限り「完全な保証」がないので疑ったり傷つけたりして、相手を遠ざけてしまうのです。

 これはいちいち聞くまでもなく、見たまんまです。

 それが、言ってわかる人も稀にいます。

 意識したことはなくても、感覚で感じて生きている人はわかるのです。

 僕は普通の人より遥かによく見ているので、わかります。

 ただそういうことは、言わないことにして生きています。

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