人類はそこまで賢くないですから、考えねばならないのです。
人類がそこまで賢くないので、戦争は幸せになるために必要なんだと思いました。
「幸せを感じる人」は、今を生きる人です。
今を生きる人は、自分の現実の最期は死であることを覚悟しています。
死ぬまでしか生きられないことを自覚していれば、今起きる全てのものは通過点に過ぎません。
望んだ通りのことがなくてもすぐに諦めます。
残念でも辛くても、今、死に向かって進んでいるのだから次に行くしかありません。
「いつかは死ぬ。今目の前にある何もかもは消えていく。」
それは自分が消えていくからですが、どうせ自分はいつか消えていく存在だと自覚していれば、生き方はそれに応じて変化します。
しかし、死を考えずに生きていれば、いつか夢が叶う!なんて期待して、今一生のうちでも最高に幸運な事態にいるかもしれないのに、それを当たり前に思い、もっともっとと期待して全部ダメにしてしまう、なんてことにもなるのです。
俗世の嘘は、「いつか幸せになる」という妄想を生み出します。
存在しない何かを美化することにより、脳内に理想を生み出し気分に浸らせるのです。
昔はよかった、のノスタルジーハラスメントもそうですが、それ以外にも「体験もしたことがない理想の家庭や親」もそうです。
実際に体験できる親は自分の親だけなのに、他の親をあたかも体験して知っているかのような錯覚に陥らせ、自分が不幸であると思い込ませるのです。
不幸であると思い込んだら、今度は「あるわけがない理想」がどこかにあると期待します。
細かい内容よりも、結局たった今は常に「満足できない」が続くのです。
それは死ぬまで続きます。
死ぬまで嘆いて恨んで不満を漏らして生きていくのです。
しかし、その間誰かに教えられた「正しいこと」を言ったりやったりするので、優越感という「幸せ」で誤魔化し誤魔化し進むのです。