「この人はもう死んでいる人なのだ」という理解で構わないと思います。
時間がもう前に進むことがない、ということは死んでいるのです。
木乃伊取りが木乃伊になる
(「木乃伊取り」は薬用にするために、木乃伊を採取しに行く者) 木乃伊を取りに行った者が、目的を果たせずに自分が木乃伊になってしまうことで、説得しようとして出かけた者が、かえって先方の言いなりになって、役目を果たさないことにたとえる。 会話で使えることわざ辞典より
生きている人は、必ずどこかで死なないように戻っていきます。
僕も限界ギリギリまで頑張ってしまい、大変窮地に陥っています。
もう二度と確認はしませんが、死んだ人はもう死んだものとして諦めましょう。
自分の心の中の世界で時間が進むことなく生きていくしかありません。
まだ魂が目覚めそうな人は、「この人は死んでいる」と理解してそのまま取り込まれて行かないで欲しいのです。
現代社会の科学的なんとかで説明するよりも、殆どの日本人は昔ながらのことわざにあるような説明をした方が理解できると僕は考えています。
僕もかつて「妄想恋愛ストーカー女子」と呼んでいる死人に遭いました。
本当に殺されるところでした。
生きている人ならば、相手が生きていくための道も考えます。
しかし人を取り殺して生きている人は、自分の未来も現実的に考えていないのに、未来を生きている人に自分の未来を用意させようとするのです。
だったら死ねばいいだけです。未来なんて死んだ人にはないのですから。
生きる喜びは生きてこそ感じられます。
しかし、死んだ人はもうどうにもならないです。
死んでいるのです。
生きた人の数に入れてはダメです。
物理的にではなく、精神的に死んでいるのです。
過去のために生きています。過去の、それも今更どうにもならない、見返すこともできない、相手も特定できないほど今と関係ない「記憶の中の出来事」のために現実を動かしてしまう人がいます。
大きな力を持ってそのような生き方をしている人がいます。
そして大勢の人を殺していきます。
みな生気が無くなり、意思も失い、未来のことも考えず決められたとおりに動く傀儡になっていきます。
僕はなんとかして脱出する道を探してきました。
最後まで「死人に食われてきた人」として生きることなく、残りの人生を「生きている人」として生きられるようになるにはどのように導いていけばいいのか考えてきました。
僕自身は自分が体験していることもあり、愛されることなく育ち、そしてやたら利用された人たちに「生きている喜び」を感じられるところまで進んで行って欲しいのです。
見分ける手段のひとつは「時間のズレ」です。
言い訳する人、反省しているかのようなことを言いながら、同じことを繰り返して何も変わらない人。
そのような人は「時間が止まっている」のです。
もっとゾッとしてほしいのです。僕は精神の存在を見て生きているのでゾッとします。
肉体は生きているのに、精神は死んでいるのです。時間が止まっていて、あとは同じことを繰り返し、求めながら肉体ごと夢を見続けて滅んでいくだけです。
「生きたい」という強い欲求を目覚めさせなくてはなりません。
生きるために力を合わせる仲間は必要ですが、そのためにはまず一人でも「生きたい」と強く望み、「生きる」と決意して生きている必要があります。
一人でも生きるために苦労して進む。
その自分が存在して、共に生きる仲間たちと生きていけるのです。
僕がこれから試すことは「死者は蘇るか」くらいです。
たぶん無理です。死人は生きる意欲がないのです。死にたくない!と強く思えないのです。
生きるために生きる人たちには、実際に確認してきてわかったことを教えるので、どうか助かってもらいたいです。
自己不在だらけの家庭で育った人は、「協力」の意味を間違えています。
うちの教室に来ていた人にもいました。
本人はそのままで構わないので、いますぐ協力していけばいいのです。
しかし「協力」を「人のお世話」と認識してしまっていて、「自分自身の欲求、意思を出してもいいし持ってもいいのだ」とわからないのです。
言葉で理解するのは難しいでしょう。
最初からずっと勘違いして生きていますから、根本から自分が勘違いし続けていることに気づかなくてはなりません。
自分は最初から受け入れられていて、もう何も証拠を見せる必要などないのだと。
あとは、実際に一緒に力を合わせていくだけなのです。
しかし、「力を合わせて」と言いながらそこに自分の願望を持ってきて「みんなの輪」を変えようとする人がいます。
支配しようとする人ですが、死んでいる人でもあります。
ミイラと一緒に生きていくことはできません。
なんとか説得しよう、わかってもらおうとした先にあるのは生きることもできない道しかありません。
そしてミイラは責任を取りません。元々死んでいるので人が生きている道を失ってもなんとも思いません。
他人も死人になってくれれば、仲間が増えるので喜ぶくらいです。
みんなで時間が止まった人生を生きようとするのです。