僕は、子供の頃に「時間が止まっている母」を見捨てました。
自分に身向きもしない、過去のことばかり言っている母を見捨て、一人で未来に進み始めました。
当たり前にいろんな苦労もあるし、傷付くことも悩むことも沢山あります。
しかし僕は生きてきました。
死んでいたわけではありません。
死に体になっている人にはどうか目を醒まして欲しいと願っています。
ミイラは反省しないです。反省して改善するということは、生きるということだからです。
成長を拒むということは、生きることを拒むということです。
生きるのが嫌なら死んで行けばいいのです。
生きるために蘇りたい人がいるならば、死にそうになっても何度でも蘇るのです。
何度でも、命ある限り蘇って生き始めるのです。
生きる上で、ミイラはなんの役にも立ちません。いなくてもいいです。
ただ、人間が過去に残してきた「心残り」をミイラの中に見てしまうので、取り込まれていくのです。
過去なんて振り返らないことです。
共に未来を生きてくれる人たちと手を取り合い、何よりも自分自身が一人でも生きる覚悟を決めて進んでいくのです。
僕たちは最後には死にます。
死ぬか、今ここで行動するか、たった今二択だったら「死にたくない」と思えるならば、立ち上がって生きていくのです。
ミイラは先のことは考えません。
「いつかはきっと、変わってくれる」なんて幻想を見て好きでもない人に入れ込んでいる時は、既に死者の国に導かれているので気をつけてください。
未来に進む人は、何度でも蘇ります。
新しいことを考え、意思を持ち、現実的に解決していく方法を編み出し実行していきます。
それぞれがその姿勢で生きて、共に力を合わせられたらそれは最高の仲間となるでしょう。
僕もいちいち自分で確認して、確信を持って進まなくては気が済まないので、皆さんにご迷惑をおかけしながら活動を続けさせていただいております。
相談に来られる皆さん、特に有料会員となって支えてくださっている皆さんには感謝しきりです。
これから収穫してきたものを形にして配っていきますので、どうか人の心の世界を作る犠牲となったまま終わらないでください。
「この人の魂が既に死んでいる」
この見分けがつけば、相手とこれからの人生を生きようとは全く思わなくなります。
見た目がゾンビに見えるならば、最初から誰も声をかけないでしょうから。
心の目を開いて、死者を見分けられるように生きた人々の道を進んでいきましょう。