誰とも心通わない、安心できない、たかがこれだけの原因なのに… ~無料記事~

 世の中には言いづらいことがあるものです。僕も言いづらいなと思って言わないことが多いですが、僕自身は人と愛し合う、信頼し合う関係を体験して「これが幸せなのだ」と実体験で知っているので、非常に残念です。

 本物の信頼関係が作れない人たち、みな最初から破綻しています。

 「この人は大丈夫かな」

 こういう姿勢で人と接しています。だからもう、最初から終わってるんですよ。根拠なく、何もないうちから人間を疑っているんです。

 最初に疑って始まったら、関係は良くならない上に悪い人だという証拠をつかみたいだけですから、悪いやつに違いないという結果になりますね。

 破滅的な生き方をしています。

 本当にこれでいいんですかね。

 自分にとって都合のいい人を求めていて、最初から悪者が作られること前提で生きているんですよ。

 自分の都合で悪者を生み出す「しかない」のに、そのままで生きている。

 もう同類と群れるか、悪人を支配するか、人間関係ではその生き方にしかならないです。

 どうしてそこまで誰かと敵対して生きていきたいのだろうか?

 家庭不和の犠牲となった幼少期の体験がある僕には、不思議でなりません。

 人の生き方はそれぞれですけども、今後一生皆さん誰とも心通うことはないわけですが、構わないんですよね?

 どうしてそんなこと先に決めてしまったのか、そっちを聞きたいですね。

 相手が大丈夫かどうか、という見方は「人間そのものが危険だ」と思っているから自然と出てくるものです。

 要は、人間が敵だと思っているのです。つまり自分が人類の敵なのです。

 人間すべてを敵だと思って大丈夫そうな人=都合のいい人を選別しようとしている、だから人類の敵なのです。

 敵と仲良くなるわけないでしょう。支配して満足するしかないですよ。

 仲間は一緒に支配する同類だけ。

 だからいじめの集団にしかならないのです。

 なんだかなあ、と思います。
 僕は「心安らかに生きられる方法」を教えていきたいのに、そもそも殆どの人はそんなこと望んでいないのです。

 心安らかになるために、「気に入らない連中を排除する、支配する、優越する」のです。

 あまりにも人間の敵過ぎる。人間を憎みすぎている。

 最初から信頼関係なんて求めておらず、ただの「いい取引相手といい奴隷」が欲しいだけなのです。

 僕は単に、「つまらないな」と思っています。

 正義になるにも憎しみが必要ですからね。人間が憎い人たちは同類と群れていて、人間が好きな人は好きな人で、やはり同類以外とは親しくなっていかないです。

 神経症の人は今のままでなぜか未来は幸せになると思い込んでいる。

 と言われていますが、本気でそんなこと思えますかね。

 美しい夢を見ている自分に酔っているだけでしょう。

 今のままの自分で幸せになれる、今後誰かと愛し合える、なんて思えているならば、今まで既にそうだったからでしょう。

 今までいかにもそうなれるだろうと思える過去がないならば、未来になれるわけないです。

 今のままの自分で生きていくつもりなのですから。

 一体どういうことなのでしょうか。

 本気で考えていた僕が馬鹿だったのでしょうか。

 本気で「こんな風に生まれたかった」と泣けるくらい自分が変わっていく人生を推奨しているのですが、そこまでの変化は要らないから、新しい夢を見れる程度の燃料をくれよ、ということなのでしょうか。

 別にいいんです。僕は他人の性格がどうでも排除する気にも矯正する気にもならないですから。

 ただ「子供の頃から愛されてもいないのに、これから先、そんな程度の幸せでいいんだ」と不思議なだけです。

 もう少し、自分の未来に対しては「絶対にこうなりたい」という望みがないのでしょうか。

 生まれてきたからには、せめてこの程度の体験はしたい、という、人間関係での望みってないんですかね。

 そこまで嫌でもなかったんでしょうか。よくわかりません。

 本人のことは、結局よくわからないのです。でも本人がそうしたいなら、そうすればいいよと思って僕は気にしません。

 やりたいからやっているのだから、他人が口出しすることではないのです。