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自己陶酔するナルシシスト

 自己陶酔しているナルシシストは、自分で自分に耳障りのいい言葉を聞かせます

 頭の中で呟きながら、さも「美しい心の人が言いそうなこと」ばかり自分に聞かせます

 そのために、他人を悪者にします

 自分を被害者にします

 心の中で自分を被害者にし、可哀想な自分に酔いしれます

 なぜ、他人を悪者にするのかと言うと、本音をつぶやくと自分が美しくならないので、自分を飾り立てるために代わりに悪者になる人が必要なのです

 ですから、「きっとあの人は」という「仮」の話ばかりになります

 実際にはわからなくても、「私を美しく見せるためにはそうするしかない」ことはわかっています

 本当は薄汚い心の持ち主であっても、強欲で卑劣な外道であっても、自分で自分に言い聞かせるのです

 漫画のヒロインのように、美しい場面であるかのように自分で自分に「ヒロインのセリフ」をつぶやき聞かせ、自分に酔いしれるのです

 完全に自作自演の独りよがりなヒロインです

 あまりにも心が薄汚いので、いつもいつもひどい目に遭っていることにしなくてはならないし、誰とも親しくなれません

 そもそも心通うなんてことは、最初からやる気もないのです

 心の中で「私は特別なヒロイン」ということになっていますから、「特別な人」が迎えに来ない限り誰とも心を開いて接する気がありません

 そして、そんな人にまだ出会っていないので、一度も心を開いたことはないのです

 「この人なら」と思う人がいたら、早速心の中のストーリーを外に出して一人で演じ始めます

 心の中で待っていた人が現れたならば、その時こそ「心の中のヒロイン」を形にして存在しようとするのです

 外化、と呼びます

 心の中の世界を現実に形作ろうとするのです

 自己陶酔する人は、本音で出てくる言葉を自分で無視します

 自分の本当の声を聞いてしまったら、ストーリーが台無しです

 美しい話が台無しになるような自分なので、自分の本音は聞かないのです

 しかし、強欲で醜い本音が次々出てきますから、その度に自分の心を無視するため、別の声を作り出して誰かを悪者にして争わなくてはなりません

 必死の形相で他人を責め立て如何にもそれが本当に起きていることかのように一人で演技します

 現実にないものをあるかのように作らなくてはならないのですから、大げさに、大変なことのように、大声を張り上げて「あの人は酷い人だ!」と言いふらして回らなくてはなりません

 他人は関係ないのです

 「私が私に聞かせているストーリー」を守っているだけなのです

 外側の現実、本当に起きていることはどうでもいいのです

 「私が私にいい思いをさせてもらうため」に生きているのです

 たとえば、心の中で友達をバカにする気持ちを持って、友達を軽んじるような言葉を吐いた

 するとそれに反応した友達が、嫌悪感をむき出しにして嫌がった

 そんな時、起きたことは当たり前のことなのですが、それでは「ヒロインが意地悪」であることになってしまうので

 事実はそうなのですが、頭の中でもそのまま起きたことを認識すると「ヒロインが失脚」してしまうので、起きた事実を捻じ曲げて認識するよう解釈を歪めるのです

 「私はなんの悪気もなかったのに…いきなり悪意ある嫌がらせをされてしまった」

 嗚呼、私はなんて不幸なの

 なんにも悪いことを考えていなかったのに、あの友達は私に冷たくした

 私はただ仲良くしたかっただけなのに、ただ素直に悪意もなく思ったことを言っただけなのに

 そのように、ちょっと望ましくないことがあるとすぐに傷つきそうになり、慌てて自分のストーリーを広げて妄想の中に逃げ込んでいくのです

 本来ならば、事実悪意があったのですから

 「ごめん、今のは本当に嫌な言い方だった」

 そんな風に、即座に謝るべきところです

 事実、バカにする気持ちで言ったのですから

 しかし、そこで自分にしらばっくれるのです

 「私は本当に悪意なんてなかった」

 嘘です

 自分に嘘をつくのです

 ナルシシストは自分で自分を見て酔いしれている人です

 自分に良く見せるためにしらばっくれているので、他人には批判されても嫌われても、そんなことはどうでもいいのです

 私を見て「なんて素敵な人なの?」とうっとりしたいのは

 この私だ

 先に書いた通りで、普通の人はその場ですぐ謝って、そして後から自分にがっかりして反省して、自分を戒めるのです

 「調子に乗ってあんなこと言わなきゃよかった、友達に酷いことを言ってしまった。もう仲良くしてもらえないかもしれない。」

 この落ち込み方は、正常です。不安になるのは当然です。
 自分がしたことを思えば、「あいつ感じ悪い」と友達に嫌われてしまっても当然ですから。

 それは普通のことです。自分がまずいことをして、まずい結果になった。

 そして自己嫌悪に苦しんで猛省する。

 人をバカにしたから、嫌がられた。

 悪いことをすれば悪い結果になる。これは道理であって、何もおかしなことではありません。

 望ましくないことが起きたとしても、それが当たり前のことであれば「おかしなこと」ではありません。不幸でもありません。

 「当たり前だよね」

 誰もがそう思える当然の結果を受け入れれば、自己陶酔している人のように他の世界に旅立たなくていいのです。

 そのように反省する行動を沢山して、沢山傷ついて、落ち込んで、二度と同じことをしなくなるのです。
 それが成長というものです。

 自己陶酔している人は違います。

 先ほどの友達のことは終わったのに、まだ妄想世界の続きを生きます。

 「実は〇〇ちゃんにこんなひどいこと言われたの」

 「え!あの子がそんなことを?!何があったの?」

 「わかんないんだけど、私は何も嫌なことしてないのにいきなり〇〇ちゃんが…」

 全部嘘です

 ぜーんぶ嘘です

 先ほどの友達にも嘘をついて謝りもせず被害者ヅラをして

 今ここにいる友達にも親身になって聞いてくれているのに嘘を聞かせて「起きてもいない問題」に取り組ませようとするのです

 こうして、起きてもいない問題を次々起こし、問題を拡大化し、何が原因だったのかもわからない別の問題に取り組むようになるのです

 このように生きる人が、どれだけ時間や労力を無駄にしていると思いますか?

 ずっとこうして生きているのです

 事実を受け入れて生きていたら、全く違う人生になったでしょう

 もっとマシな人間性を備えていたでしょう

 しかし、現実はどうでもいいのです

 「私が私に聞かせているお話」が大事なのです

 先ほどの例で、友達はどちらも自分の敵ではありません

 一人を敵にして、そして次の人が敵対するように仕向ける

 争いを起こしながら、自分は「被害者」として何もしないのです

 健全な精神の人は、友達が酷いことをしたと聞いても、「何か理由があるのだ」と考えます

 それがまともな付き合い方をする人の発想です

 「ちょっと〇〇ちゃんに話を聞いてくるよ、何か理由があると思うし」

 そこで、ナルシシストのヒロインは慌てます

 「そんなことしなくていいから、私はそんなこと頼んでない」

 これは本音です

 つい本性の高圧的な態度が出てしまいました

 余計なことはするなと言っているのです、今ここで私の話を鵜呑みにして、騙されながら生きていればいいんだよ、いいから〇〇ちゃんを酷いやつだと信じて、私を守るために叩きまくってくれればいいんだよ、あいつを悪者にしなくちゃならないんだから!という本音の片鱗が出たのです

 まともな反応ならば、相手は友達ですから

 「悪いけどお願いできる?私も何か悪いことをしたのか気になるし、余計なことを言ってしまったならちゃんと謝りたいから」

 これが、本当に悪気がなかった人の反応です

 そして、先の高圧的な態度に対してまともな友達の反応はこうです

 「なんかおかしい、あなた嘘ついてない?なんなのその態度、友達に対して酷いんじゃない?」

 もしこんな反応をしたら、そこでもまたヒロインは逃げます

 ここで心理的にパニックになれば、ヒステリーを起こして喚き散らします

 必殺技なのです

 喚き散らして相手を罵倒する、大変な目に遭っているかのように大げさに演技をする

 これが、「私の見ている私だけの世界」を守るための、防衛的攻撃の必殺技です

 他人はわかりませんが、その人の中には「それが正しいことになる世界」が作られているのです

 私が私を見てうっとりしたい

 そのために現実を崩壊させながら進んで行く、独りよがりなナルシシストです