相変わらず具合が悪くなっている最上です。
今回は、皆さんにも「死について」考えるきっかけになってくれればと思ってお話します。
コロナでもインフルでもありませんでしたが、相変わらず具合が悪いです。
咳のし過ぎでゲロ吐いたのは初めてです。
元々身体が弱い僕ですが、こうしたものは生まれつきなので仕方ありません。
指定難病というものにかかったこともありますし、生まれつきの体質みたいなものだから、死ぬまでうまく付き合っていくしかない、と現代社会では言われています。
冗談でも気分でもなく、恐らく健康な皆さんほど寿命は長くないと思います。
幼い頃は、病床で苦しみながら「なんで僕だけがこんなにすぐ病気になるのか」とメソメソ泣いていました。
楽しみにしていた運動会にも出られないので、家の中で体操着を着て寝ていました。
移動教室も僕だけ行かなかったから、またしても話についていけない。
そんなことばかりでした。
よく今まで、それでも割と普通のことをして生きてこられたと幸いに思っています。
僕は子供の頃から死を考えて生きていますが、そのお陰で前向きになったと言えます。
哲学者セネカが言う通り「死に方を決めれば生き方は決まる」のだと思います。
僕が無かったものをいつまでも諦めずに親を恨む生き方をしていたら、今、僕を無視して親(僕の祖父母)を恨んでいる母親と同じになってしまう、と思い、生まれてくるのも知らなかった我が子のために生きることにしました。
そう考えると、僕は今の娘のために前に進む人生を選んだと言えるのです。
次の代にだけは、同じ苦しみを与えないように。それだけ考えて最初は生き方を決めました。
僕にとっては戦国時代を生きてくれたご先祖様がいたことは、とても大きな意味がありました。友達に嫌われたらどうしよう…などと、心が傷付くことを恐れていた僕でしたが、その僕が、もし今ご先祖様と同じように命を捨てて戦わねばならなくなったら、その覚悟が決められるだろうか。
当時のご先祖様は、「上杉謙信に嫌われたらどうしよう」なんて心配しなかったはずです。
子々孫々のために生きよと命じられるのが我が一族でしたから、ご先祖様も僕たち子孫のために生きてくれたはずです。
僕もいつまでも愚図愚図言わずに、覚悟を決めて生きねばと思いました。
いつかは死ぬからです。
死を考えると、自分が何を残したかを考えるようになります。
他人からもらっただけなら、僕が死んだら他人から減る分が無くなるだけです。
自分では傲慢にも「~してやった!」と言い張っていても、それが本当に人々にとって必要なものだったのかどうか、それすら考えたことがないとわかりません。
世では「愛されなかった時どう生きるか」の方ばかり注目されますが、それよりも「愛された時にどう生きるか」の方が重要だと思います。
親に愛されなかった子が愛された時。
それは、「自分を中心にした世界に付き合ってもらえた時」です。