月: 2020年3月

拝金主義国家である理由

 日本が世界一の拝金主義国家となっていることを、殆どの人が知らないだろう。

 僕たちは資本主義というものを勘違いしている。
 アメリカの真似をしてしまった際に、僕たちは「今までの自分たちの持ち物を捨てて、向こうの持ち物を得る」という方法に出てしまった。

 これが大きな間違いだ。

 資本主義に自然と変化していった国は、資本主義になるべき基盤を備えている。

 アメリカ人は、良い人生を送るために必要なこととして、「良い家族を持つこと」がトップに上がる。ギャロップ世論調査によると、全体で89%、19歳から29歳までの若者でも90%という高さで家族を重視している。

 アメリカ人は拝金主義ではない。資本主義ではあるが、まず第一に家族を大事にしている。
 更に、僕たちが思うより彼らは宗教的で、大半の人が神を信仰している。

 更に、同世論調査では良い家族を持つことに続き重要とされることが「高い自己評価」「健康」「達成感」「アメリカ社会への貢献」「厳しい倫理に従って生きる」である。(誰も書かなかったアメリカ人の深層心理 加藤諦三より)

 これがまずベースにあって、「良い家に住み、素敵な車を持ち…」など日本人が最も重視するようなことは、全体でも41%しか重要視していない。

 日本の中高生を対象にした調査では、「人生には何よりお金が重要だ」と考える子供たちは40%。アメリカでは17%という結果が出ている。

 僕たちは何よりもお金が大事なのだろうか?

 しかし、アメリカでは一般的に僕たちが権威とするお金持ちの職業は、倫理的に信用ならないと思われている。

 つまり、金持ちは信用できない、と思われていると言ってよい。

 日本では金持ちは高い倫理観を備えていると思われがちである。
 権威とは正義。そのような独裁政権国家の思想が根強い。

 偉くない=正しくない。

 この考え方は、個々の考え方や劣等感に現れている。

 例えば、「間違っていた」は悪である。「正しい」が大事なので、自分の間違いを指摘する人は悪である。悪だから間違いを指摘する人をやっつけなくてはならない。

 実際に間違いかどうかは関係なく、「間違いがあっては自分が悪になる」から相手をやっつける必要性があるのである。

 共同体で育った人は違う。
 間違い=悪という教育をされていない。

 間違いが悪であれば、自分が生きる上で必要な人はどんな人になるだろうか?

 「迎合してくる人」である。つまり、思ったことを言わずに話を合わせてくれる人が最も大切な仲間たちになるのだ。

 恐ろしい話だが、それが実際のところだ。

 つまり、「信頼できる仲間がちっともいない」人は、自分の間違いを指摘されることを許せない、自分が間違ったなど許せない、という人格をしている可能性が高い。

 子供の頃は、間違いを認めるのが「恥ずかしい」ものである。

 だが、「間違ってないことにするために」言い訳をする。

 「間違っていると指摘したやつ」をやっつける。

 この時点で、自分が間違いを犯したと認めていることになるとは気づいていない。本当に正しい人は、間違いを指摘した相手の方が間違っていると気づいているので、相手に対して寛容である。

 人は自分が本当にできていることについては、人に対して寛容である。

 そして、アメリカ人を真似しているつもりの人も、実はちっとも似ていないどころか、資本主義の他国とは全く違うことをしてしまっているのだ。

 資本主義の中ではある意味生活も運否天賦なところがあり、家族や共同体があるということは生きる上で最も大切なことになる。

 もし、何か窮地に陥った時はどうしたらいいのだろうか?

 そんな時にこそ、家族、友人、そして神である。

 精神面での支えは最も重要であり、精神をまず優先している。
 そのあと金や物が続くわけだが、そもそも精神的に満たされている人はそこまで物や金を追いかけない。

 もしこれが無かったら、必死になってエリートになっても友達ひとりいない。家族とも険悪。心の支えはない。仕事しかない。そんな結果となってしまうだろう。

 後はもう、やけっぱちになって幸せな人の邪魔をすることに専念するか、どんどん望まない方に流れていくか、とにかく「自分自身を捨ててしまう」ことに専念する。

 金を神として生きると、そんなことにもなり得る。

 とにかく、資本主義社会を生きるためには何よりもまず共同体感覚なのである。

 アメリカ人はこと家族を大事にする。ドラマにもよくある。
 家族が愛し合っていることは彼らにとって最も重要であり、友人や恋人とのやり取りの中で信頼関係を深めていくことは、地位や名誉より重要なことなのだ。

 アメリカでは何かあると家族を引き連れてくる。
 大統領候補も家族を引き連れてくる。
 家族を大事にしない人間は、信用されないのだ。

 家族が幸せそうにしていて、初めて信頼できる人なのである。

 そこへいくと、金のため、社会での地位のため、家族をバラバラにしていく行為は自殺行為である。

 誰がそれを認めてくれるだろうか?
 少なくとも、家族でも友人でも、恋人でもない。

 では社会で認められるのか?
 日本社会なら「いいよねー」と羨ましがられ、嫉妬されるだけである。

 拝金主義の人は、金持ちであるだけで崇めてくるだろう。
 だが、結局は金を持っているから崇めているのではなく、その人から恩恵があると思っているから崇めているのだ。

 家族をバラバラにしてしまうことは、生きる上では自殺行為なのだ。

 どうにも家族を軍隊化したい人が多いようだ。
 独裁者になりたかった、とある人は言っていた。

 独裁者はカッコいいのである。

 だが、自分自身が独裁者になった時、それを見て羨望している自分は外側にはいない。みな怯えている。自分の前では安心できないからだ。

 自分が「あんな風になりたい」と思ったものにいざなってみたとしたら、その時は自分で自分を見ることはできない。

 代わりに、「実際になった時は周りがどう見てくるのか」を見ることができる。

 独裁者になりたかった人は、自分がなったら他人が「あの時憧れていた自分自身の目」で自分をカッコいいと思ってくれると思った。

 実際独裁的なことをする人だったが、それをしている自分を自分で「カッコいい!」と思うのだ。

 なぜか。

 これは、過去に原因がある。
 過去に原因があり、やりたいことができた。

 たった今目の前の人を支配することにより、過去の屈辱を晴らしているのである。だからいい気分なのだ。

 無量寿経の要約を読んでいたら、ふと気づいた。

 「拝金主義」と言うが、金を欲しがる人は操作されて当然なのである。
 なぜならば、世界の金は世界の頂点にいる金融の力によって、操られているだけなのだから。

 これでいい?次はどっち?

 と言う結果になるのはわかる。

 そうなるように作っているのだから。
 だが、それを考えると操られていない人は金持ちの中にはいないというのはわかる。

 ただ、金持ちではない人が、なぜか「金を得ていない」ことに「敗北感」を抱えているのだ。

 「金持ちにろくなやつはいない」

 これは世界共通の概念として通用する。
 なぜならば、正しい心を持った金持ちならば、金を持ったら皆も幸せになれるように分配できる方法を取るからだ。

 だが、そうなっていない。
 そうする人は滅多にいない。
 だから、やはり、金持ちにろくな奴はいないのだ。

 ろくな奴がいないのにその立場になりたがるから、せっかくの愛すべき自分自身を捨て、ろくな奴にならないのだ。

生徒たちへ 今すべきこと

 これは僕の教室に通ったことのある生徒たちへ

 このコロナ騒動の最中だからこそ思い出して欲しいことです。

 世界中で研究が盛んに行われていますが、僕ができることは心的ストレスの軽減、また心理的に安定したバランスを保ち、抵抗力の向上とストレッシャーの回避を援護することです。

 現在、ハーバード大学でも盛んに研究や対策が行われています。

 これまで教えたことのある、マインドフルネス、僕のところでは瞑想として少しずつ全員に体験させた方法は、このような時に効果的です。

 ハーバード大学のある研究者は、「私たちは毎日世界からパラダイムシフトを投げかけられているようなものだ」と言います。

 僕たちは、この危機的な状況を正しく理解し、また乗り越えていかねばなりません。

 ハーバード大学の疫学研究者Karmel Choiは、ストレスを感じる引き金となる四つの要因を上げます。
 新規性、脅威、予測不可能性、および制御の欠如。これらは今回の騒動に全て当てはまります。

 そのストレスがどう形となるかは、反応タイプによって異なります。
 感情的、身体的、認知的、行動的の四つの形となって表れると彼女は指摘します。

 この状況下でのストレスを回避また軽減し、身体的抵抗力を高めることは非常に重要です。

 僕のところでも急遽、いつもの教室とは別に希望する人が参加できる極少人数の「ストレッシャー軽減のための日」を設けようと思います。

 僕は人がストレスを感じるストレッシャーに非常に強く、また驚異的に快復力が強いとされるパーソナリティです。
 僕自身も現状を体験しつつ、自らがバランスを取ろうとする行動に注目し、何が効果的かを分析しています。

 これまで体験した生徒たちは、とりあえず僕のところで教わったいくつかのことを思い出し、実行してください。

 ひとつは瞑想です。
 思考をせず、脳に気を取られず丹田のあたりに集中しましょう。
 感じるように音を聞き、目は閉じた方がよければ閉じても構いません。
 極自然なスタイルを取るならば、力を抜き、仏像のように少し目を開けた状態になるでしょう。

 より自然に近づくよう、体から緊張してしまう力が胸のあたりから全て抜けていくのをイメージし、リラックスしてみましょう。

 そのままただじっとしばらく時間を過ごしましょう。
 少しずつ長い時間、そうしていられるように鍛錬していきましょう。

 また、日常の生活の中で、僕が教えた「お茶を楽しむ」のゆっくりとした時間を取りましょう。

 丁寧に、五感で感じながらゆっくりとお茶を飲む時間を設けてみましょう。

 そして、目を閉じて深呼吸をしてみましょう。

 深呼吸をし終ったら、目を閉じたまま、自分自身が気分の良くなる風景、天国のように感じる美しい風景をイメージし、今そこにいるのだと感じてください。

 自然と口元がゆるみ、微笑んでいることでしょう。

 つい下を向いてばかりいるようならば、上を向いてみましょう。

 目を閉じ、額にある目で空高くを見上げていることをイメージして、空のずっとずっと高いところを見てみましょう。

 このように、日々バランスを取ることを意識してみましょう。

 心的ストレスは身体的抵抗力を弱めます。

 今は身体的抵抗力を高めることが非常に大切なので、意識して教わったことを実行してみてください。

 忘れてしまった、そんなことあったっけ?

 と思う生徒は、これを機に「先生は天才だった。私が愚かでした。」と反省しましょう。

 僕が教えてきた、ただ楽しんでいるだけのような何気ない時間は、全て普段のストレッシャーから身を守るために役立ちます。

 何気ない日常を過ごしながら、外的ストレスによってもたらされるエネルギーの減少を回避しましょう。

 また、人との関りも大切です。

 家族と抱き合い、人と笑顔で接しましょう。

 人に優しくし、エネルギーが偏って蓄積されないよう、常にバランスを取りに行きましょう。

 ナルシシズムに浸るときほど、人はバランスを失います。

 人は防衛的になることもありますが、そのバランスが一方に向かうことに問題があります。

 能動的に過ごすことで、より内側からのエネルギーは増幅します。

 自分の側に他人を引き寄せようとする行動は、外からのエネルギーを自らに取り込もうとする行いです。
 自分から外側に対して働きかけるエネルギーの必要性がありませんから、自ら生み出す必要もなくなっていきます。

 もらうためには自分が生産する必要がありません。
 生産性を高めるためには、外側に良いエネルギーを送れる働きかけを能動的に行うことです。

 そして、この状況下では室内にいる時間が多くなるとは思いますが、この状況も解釈を変えていくことで楽しむ努力をしましょう。

 どうにもならないことを悩んでいても時間は無駄になります。

 どうにもならないことから目を離し、自分自身が気分の良くなる時間を過ごせるよう意識してゆっくりリラックスできる時間を楽しんでください。

 ちなみに、先生はこれだけの状況はなかなか体験できないと喜んでおります。

 問題は山積みですが、こんな時にこそ、打開策は必要であり、こんな時にこそ、必要性から新しい何かを生み出すチャンスであると僕は考えます。

 この状況がいつ終わるのか、と悩むことなく、この状況でもうまくやっていく方法は何か?を考えていけば、こんな時だからこそ、皆の助けになる方法が編み出せるかもしれません。

 この監視社会の仕組みをうまく僕たち自身が使うことにより、遠く離れた場所と様々なものを共有し、僕たちは僕たち自身の力でこの状況を打破し、また後に良い効果をもたらすことが可能になるでしょう。

 僕たちは自分自身が他人とは違うのだと受け入れ、その事実をありのまま認識することで自分を区別できるようになります。

 自分と他人の違いをより自覚していくことで、自分自身の必要性も強く感じることができます。

 優劣を競うことなく、違いをより知っていくことにより、使命感を感じることができます。

 自分自身の使命を知れば、きっと自分も役に立つと実感し、能動的な意思が生まれてくるでしょう。

 生徒の皆さんが、離れていても安寧であることを先生は願っています。

 学んだことを生活に活かし、心的、また身体的抵抗力を高めていきましょう。