妄想恋愛ストーカーなどの場合は、想像力が貧困なのです。
だから人形ではダメなので、生きた人間にやってもらって「実際にやってもらった感」が欲しいだけなのです。
そんなことしなくても、真剣に集中して、人形が話しているように想像すれば体感は得られますよ。友達に自慢したいとしても、どうせ会うわけでもないのだから適当に作り話をしていればいいでしょう。どうせ現実にも作り話をしまくっているのですから。
妄想でやりたいと思ったことを現実にやろうとしますから、現実には何も残りませんけどね。
でも自分の頭の中にある妄想なんて、他の人にはわからないのです。他人には同じものはありません。嬉しいのも腹が立つのも自分だけ。独りよがりな世界です。それでも付き合ってくれる誰かがいたなら、一時は「本物感」が味わえてよかったでしょう。
自然に任せて本物を得ようとしていたら、絶対に起きないようなことを体験しながらあたかも自分の身にそのようなことが起きたかのように錯覚して生きていけるのですから。
いいですよね。そんなに簡単に紛い物でも錯覚して「できたこと」にしていけるならば。
それでいい人はいいのです。本当にそう思える人もいるのですから。
実際に人の気持ちを理解するということは努力が必要ではあります。
しかし、他人と「心触れ合うやり取り」をするだけならばそんなに難しくもないことなので、できなくても気にするほどのことではありません。
強いて言うならば、心を触れ合わせるやり取りをすると「本当にものすごく傷つく」とだけ言っておきます。
正直に心を開いて生きると、「心無い人」に傷つく時もすさまじく心が痛みます。最初はびっくりするんじゃないですかね。
その「本物の痛み」を知っているから、心を開いている人は人に寛容だったり優しかったりするんですよ。
心を開かない人は傷ついて心が痛むという体験がないですから、人を傷つけても平気なのです。やられたことがある人しかわからない痛みなのです。
優しさも寛容さも思いやりも育ちませんが、心を閉ざしてきた人はきた人で、怒りとか憎しみとか意地悪とか悪口とか、色々育ててきていますから。
何もかも、ちゃんとうまくいっています。
ちゃんと思い通りにいっていますから、自分が思っていることややっていることを適当に聞こえのいい言葉にすることなく、よく考えることです。