現代社会のルールはこれです。
勝てば官軍ルール。
経済系のニュース記事で、金融サイコパスの記事を見ました。
社会では成功している人の中に、サイコパスは結構いるのです。
社会的に成功している人が人道的に正しいことを言っている人ではないし、本人の正しいことは「自分だけが利益を得られること」なので本人的には正しいことをしているのです。
皆さんはどうしても正しいことを神の教えのような道徳性を備えた理想のことだと考えてしまっていると思います。
しかし、神様はどこにもいません。
そして自分のことばかり考える人が実際仕事ができて社会的に成功しているのがこの社会です。
「この部分」というところだけ切り取れば、確かに成功するのです。
しかし、長い目で見ればやはりうまくはいかない、という当たり前の結果となるのです。
自分の利だけを追い求める人は、どうあっても段々と問題を起こし始めますからね。
しかし現代では「金が全て」となっていて、金さえ儲かるならば正義にされています。
うまくいかなくても、とりあえず儲かったらそれでいい。まずいことになったらその時誤魔化そう、誤ろう、隠し通そう、そんなところです。
今の世の中は、「勝てば官軍ルール」です。
勝って官軍になった人々が作ったので、勝てば官軍ルールです。
僕は良しとはしていません。
人間の価値が社会的にできたかできないかで決まるような世の中では、殆どの人が自分の存在に劣等感を抱いて生きねばなりません。
惨めな気持ちで生きる人々が当たり前に存在し続ける社会は良しとは思えません。
メールでも投稿を紹介していますが、僕は最初から枠外で物を見ている人間なので、大衆を見ているとドリフのコントを見ているようにハラハラしています。
人間は感情に捉われてしまうとそこから動きません。
もっと広い視野で物を見る必要がありますが、その発想で動き始めるためには「疑問を持つ」ことが必要です。
自分自身が「知らないままのことがある」と気づく。
そして「どうしてそうなったんだろう?」と知らないものを知ろうとする姿勢を持つ。
まずはじめに「考えてみれば、自分はこの世界になんの疑いも持っていない」と気づくことからです。
皆さんは、この社会自体は「正しいものだ」と思っていることでしょう。
問題が沢山あるという話ではなく、この社会は真実で作られていると思っていることでしょう。
そんなこともないのです。
「全部教えてもらえてなんの心配も、知らないことも無い世界」だったら安心ですよね。
しかし全ての人が自分と同じように何も知らない赤ん坊で生まれてきました。
全てを知っている人は、いつどこから生まれてきたのでしょうか?
はじまりは原始時代までさかのぼるのに、いつどこで、何もかも教えてくれる人が現れたのでしょうか?
赤ん坊で生まれてきて、いつ、誰が、最初から存在していたこの世界がなんなのかわかったのでしょうか?
考えたこともないかもしれません。
一度考えてみましょう。
全てを知っている人は、どこにもいません。
常に世界は、誰かの頭の中に作られた「物語」で作られています。
それが誰かの作った物語だ、と気付けば、そうでなくてはならない、と思っていた偏見からも解放されるでしょう。