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殆どの人は母親なんてどうでもよかった ~無料記事~

 親なんて、子供にとってどうでもいい存在だったのか。

 そんなわけがない。子供にとっては重要な存在だ。

 だが、子供ではなく「特別な存在」にとっては、親だろうが誰だろうが、「たかが人間」であり、自分とは関係のない存在なのだ。

 人の道は説くことができても、人ではない存在の道など誰が説けるだろうか。

 なんのアドバイスもできないし、何をしてやることもできない。

 それが「特別な存在」なのだ。

 僕はただの人。ただの人にしか何も教えられない。

 この世界にとって特別な存在ならば、誰にも何も教えられないし、仲間になどなることはできない。

 僕は人の子だから、母の子だから、最終的には母と人間らしい親子の感情や絆を持つことができた。

 人としては普通だ。

 だが、人である僕にとっては、母を信じて生きて来なければ、今のような気持ちにはなれなかっただろう。

 特別な人にしてやれることはないし、何もできないと思う出来事がいくつもあった。

 そのひとつは、友人の母親が自殺したことだった。

 その友人が、その母の来世だった。中身を受け継いでいた。

 だが友人は自分が特別だと思っていて、母とのつながりがわからなかった。

 母親が自分に何をしたか、どんなに嫌な人かばかり言っていて、誰も母の存在に気づくことはなかった。

 友人は母を救うことはできず、母親は自殺した。

 親子は中身も受け継がれている。正に転生しているようなものなのだ。

 肉体は母から切り分けられ、遺伝子的記憶も、全てそっくり次に受け継がれる。

 模倣することにより精神も受け継がれる。

 だからこそ、表面しか認識できないうちは親を恨む。

 親が自分を嫌い、自分を受け入れない分だけ子供からしたら「言ってることとやってることが違う」から、子供は「やってること」の方に苦しむ。

 だが、友人は母を救わなかった。ただ憎んだ。憎んで他人に救いを求め、結婚も失敗した。

 そして自分も子供を虐待している。

 母親と同じように、誰かが気付いてくれるのを待っている。

 親に愛されなかった、と「子供が思えた親の行動」は、完璧を望む子供にとって許せないことだったのだ。

 ただ親子の間に憎しみだけがあった。

 もう手遅れだ。死んだらおしまいだ。

 死んだら全部おしまい。

 だから、もう次の世代に託すしかないのだ。

 僕は友人の子供に、既に将来必要となるであろうことはしてきている。

 母親にもどうにもできないことがあって、完璧ではないと話してある。

 うちで家族のように同じ時間を過ごし、受け入れられているという環境も体験させてある。

 後は、どうなるかは僕が関与することではない。

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