道徳性を発達させるためには、どのように子供を育てればいいのか?
多くの親はできることならば自分の子は道徳的に正しいことをする子であってほしいと願っている。
しかし、実際には社会的に成功するために服従の姿勢で生きるよう、子供の頃から調教している場合が殆どではないだろうか?
道徳性の発達については、数々の実験等を経て「言葉で大人が教えても身に着けることはできない」と既にピアジェやコールバーグが結論を出している。
環境、と聞けば、安心できる環境、優しくしてもらえる環境、など、子供の欲求を満たすことばかりが思い浮かぶのではなかろうか。
結論から言うと、「体験」こそ学びの基なのだ。
子供は他の子供たちと遊びながら様々なことを学ぶ。遊びの中から色々な発見をする。
子供は大人がわざと間違って見せたり、ふざけたりすると嬉々として何かを発見したり挑戦したりする。
「遊びが足りない」と、わりと最近になり僕も配信で話している。
道徳性の低さは正直目に余るものがあるのが現代社会人だとは思うが、心理的健康を「保つ」ための環境を作っていないことは病んで行く人たちの特徴でもある。
僕がこれまでやってきたことの中では、
・部屋の中を変える
・特に成績のつくわけではない、遊びの場を設ける
・確実に平等に扱われる「いつもの環境」を体験させる
などが、心理的な健康を「保つ」ため、また気づきを得て自ら成長していくために用意してきたものだ。
特に、なんの得にもならない遊びの場は、大人になるとなかなか用意することができない。一人の趣味ならいざ知らず、幼少期や子供時代に体験できなかったとしても、本質的に同じようなものを体験する場などどこにも用意されていない。
もし、用意したとしても、その中で精神的に未成熟な人が「私だけ特別な人」になることを求めていたならば、その場はなんの意味もなさなくなる。
どこへ行っても「その場にいる人間に勝つこと」ばかり考えているのが神経症者と呼ばれるものだとは思うが、それでは何も進まない。
そして僕の先生でもある加藤諦三先生は神経症者という言葉を多用しているが、実際に現在最新の研究をしている異国の心理学者たちの間ではこの言葉を多用する時代は既に終わっている。
発達障害についてもだが、日本で専門家たる人たちが口々に言うようになっていることは、既に時代遅れと言っても過言ではないくらい、何もかも入ってくるのは遅い。
今最新の研究をしている人たちが発見したことが、形になって日本に「誰でもわかる形」で入ってくるには20年はかかる。それは今に始まったことではなく、今までもそうなのだ。
そこで、あまり普通の人は読みたくもない本を好き好んで読んで、翻訳機を使ってでも今外国でやっている最新のことを知りたがる僕がこんなことをわざわざ述べているのだ。
別に、誰がやってもいいことだが、誰もが手に入れるようになったものには殆どの場合大した価値はない。
道徳性の成長に話を戻そう。
道徳性の発達について、親子関係、というより、親の教育は大いに関係している。
親の道徳性が低いのに、子供だけ道徳性が高いということはまずないと言ってもいいだろう。
それにはひとつのわかりやすい原因がある。
幼い子供は「その人が罰を受けたかどうか」によって、善悪の判断を覚えてしまうからだ。
つまり、自分が罰されたならば「自分は悪い子なのだ」と思うし、誰かが罰されていたならば「あの人は悪い人なのだ」と思う。
ここで注目すべきは、「私は悪いことをしたのだ」ではなく「私は悪い子なのだ」という理解になっている点だ。
出来事と存在を切り離して考えられないのだ。
そうなると、「怒られなければ、良い子なのだ」という理解になってしまうのだ。
また、誰かが権威ある人に責められていたならば、「あの人は悪い人だ」と嫌悪したり笑い者にしたりする人間になってしまうだろう。
著しい道徳性の低さである。
基盤となる道徳性については、親の教育が本当に大きく影響しているのだと僕も観察してきて思う。
たとえば、それは加藤諦三先生についても言えることだ。
彼の場合は時代のせいもある。彼らが子供の頃は、戦争をしている最中だ。
お国のために生きることは正しいことであり、お国のために何もかもを犠牲にするのは良い事だとされていた。
彼らは「お国」という漠然とした権威に認められるために生きていると言っても過言ではない。
そして彼自身も「言葉で教えて人の道徳性を高めよう」としているわけだが、それは彼の祖父や父がやっていたことでもあり、今尚彼は若者たちに「人間はこうあるべきなのだ」と説いた祖父を賛辞している。
それだけではなく、彼の祖父が当時の権威ある人々の場で公然と「正しいこと」を述べて戦ったことも、彼にとっては祖父の誇らしい思い出となっているようだ。
「こっちが正しいのだから、これを認めるべき」
この発想は三代変わっていない。
しかし、僕が説いていきたいのはあくまでも「人間が仲良く生きていくための術」であるし、引き合いに出していくものはどうしても仏教の教えの中にあるものが多くなるだろう。
「迷った時は中道を行け」という言葉が仏教の教えの中にある。
誰がどこで言ったのかは忘れてしまったが、そのような言葉がある。
僕は元々研究するために学んできたわけではないから、実践的なものに基づいた内容が多くなるが、その分確認済みのことしか基本的に述べないので、自分で説明はできる。
右でも左でもない道を選ぶことは、誰かに答えを教えてもらおうとしたり、自分自身が一人で進むことを恐れたりしている場合にはできないことだ。
争いがあればどちらかにつこうとしてしまうし、仲間がいれば争ってもいいとさえ思う。
戦っている人たちばかりならば、自分は戦わないという選択ができない。
とにかく、「誰に同化するか」しか考えなくなってしまう。
他人の意見を聞いて、他人の理由を知って、そして「どっちが正しいか」と自分が人間の神様にでもなった気分で、選んでいこうとするのだ。
この傲慢さには呆れるが、人間はそんな時何を勘違いしているのか「自分は自信がないから」と思い込んでいるものだ。
自分には「神様としてやっていく自信がない」という意味にしかならない。人間として生きる気がない、まだ自分の存在が人間であると気づいていない人の「恐れ」でしかない。
そして、そのように他人に左右された判断をする人であっても冷静に考えればわかることは沢山あるが、殆どの人は感情的に動き、自分の利のために「正しいこと」を使いたがる。
そうなると、結局は間違った道を進むのだから出口は無くなる。
誰かが勝って、誰かが負けて、誰かが正義になり悪になり平和になる、という現実は人間社会にありえない。
自分が死んでもこの世界は延々と続く。
およそ人間社会においては勧善懲悪的な結末など、あるわけがないのだ。
それは幕末より恨み募る一族に生まれた身としては、実際に体験して身につまされることだ。
恨みは抱き続ければ何代でも続く。理不尽を要求された人々の恨みは消えることはない。
かといって、その恨みを晴らすために今度は自分たちが勝とうとすればもう終わりのない争いの世界にしかならないのだ。
僕は別に加藤諦三先生を悪者にしたいわけではないが、大抵の人が「どっちが正しいのか」しか考えないので話すことも控えていた。
既に話しているが、僕は元々彼のいち生徒に過ぎない。たまたま彼が必要としていた人材だったため、あれこれやらなくてはならない状況になってしまっただけで、僕が望んで述べたことと言えば「偉くも有名にもなりたくない」の一言だろう。
それを言わなくてはやめさせてもらえないと思ったからだが、正直見ていて羨ましいとも思えない境遇だった。
彼は著書にこんなことを書いていた。
講演で呼ばれた際に、現地に向かうための新幹線のチケットが送られてきた。
現地に行けば、彼を大変尊敬している、心から待ち望んでいた、と呼んだ側の人がちやほやしてくる。
しかし彼は喫煙者ではないのに、用意された新幹線のチケットは喫煙席だった。
そして彼は著書に不満を述べていた。
本当に心から待ち望んでいたならば、私が喫煙者でもないのに喫煙席は用意しない。と。
この内容だけ見ると、「せっかく必要として呼んでくれたのに、贅沢な」という見方もできる。実際、僕はわりとそう思える方だ。
しかし僕は彼の横にいて「ちやほやと持ち上げてくる人たち」を見ていたので、彼の気持ちもわからなくはない。
一般社会ではここまで見ることがあるだろうか?と思えるほど、あからさまに大げさにご機嫌を取る輩がうようよしているのだ。
それは勿論、彼が引っ提げているものが「多くの人にとって欲しいと思えるもの」だからだ。
確かに人の持ち物を利用するために、あんなに媚びに媚びてくる輩にしょっちゅう囲まれていたら嫌にもなるだろう。とは僕も思う。
しかし彼もやはり我儘だと思う。
なぜならば、彼の頭の中には存在しない人間社会があるからだ。
「正しい社会」であれば、彼は尊敬され、言葉の通りに自分を待ち望む人に呼ばれて快く講演ができるだろう。
しかし、ここは人間の世である。
彼自身が他人にちやほやされたくて形あるものを得て生きているのに、それに群がる輩が「誠実で正直な人たち」であるわけがない。
僕は子供の頃に既に体験した。人にわからないことがわかるからだ。
仲良くもない子が、次々寄ってきた。他所のクラスからもやってきた。知らない人が人づてでやってきた。
僕ができることを利用するためだ。
しかし、僕が好きだった明るい家庭の子たちは、そのような時に一切寄ってくることはなかった。
ただ、普通にクラスメイトとして接してくることしかなかった。
もし僕があの時、ちやほやされる方を選んでいたら今の僕の人格にはなっていなかっただろう。
当時体験して僕が苦しんだのは「人間は醜い」ということだった。
嫉妬して敵意をぶつけてくるかと思えば、自分も恩恵にあずかりたいことがあると今度は媚びてちやほやしてくる。
結局、本当に心が綺麗で僕を僕という人間として扱ってくれる子など、殆どいないのだ、と実際に体験して知った。
だからこそ、より「普通に扱ってくれる人たち」を大事にするようになった。それが如何に貴重なことなのかよくわかったからだ。
それが人間というものなのだ。醜いとは思うし、確かに当時の僕でもあからさまに何かに釣られていくことはない。
しかし、それが人間なのだ。自分の側にも原因がある。
結局、自分の願望を叶えようなんて下心を持って生きていると、ろくなことにならないのだと当時の体験を経て思った。
自分だけ注目されてちやほやされようなんてことを考えていたのは、僕自身の方だ。
夢みたいなことがあると思っていたからだが、実際には人間の世でそんなことは起きない。
体験もないのに、「誰もが善良で素直な世界」であると決めつけて勝手に必死になって努力していたのだ。そこでがっかりするのも、結局は人のためではなく自分の欲のために動いていたからだ。
僕の場合は「高校デビュー」的な変化を遂げ、それまでは頭脳明晰な超優等生で、更にスピリチュアル的なことに強く、人がわからないことがわかる、という扱いの人間だったが、周りの人間が変わると同時に僕自身も変わった。
他人から羨ましがられるものなど持っていても、自分は幸せにはなれないと高校時代に身に染みて理解している。
しかし、加藤諦三先生は大人になりちやほやされる体験をして、ショックを受けたのだろう。
他人から必要とされる時、相手にはなんらかの利がある。
自分が目立つ何かを持った時に、世間でどんなことが起きるのかはまだ知らなかったのだと思う。それまではエリート優等生に囲まれていたからなのだろう。
しかしその中で我慢しながらも、やはりちやほやされて注目される立場を捨てられなかったのもまた彼の生き方だ。
正しいことを言っているかどうかは別として、他人に認められ続けることがやめられなかったのだ。
本人がよく述べているように、「その肩書さえ捨ててしまえば楽になるのに」と僕も本人に言いたいところだ。
昔、子供のころ、友達と浅草寺に行った。
ハトの餌を売っていたので、友達が買って、僕も少しもらってハトにエサをあげた。
ハトが寄ってくる様子が面白いからエサをやりたかったのだが、友達がエサの袋を持っているとわかるやいなや、ハトの大群が友達めがけて次々飛びつこうとしてきた。
彼はあまりのハトの多さに驚き、逃げるために走り出した。しかし、逃げる彼をハトは飛びながら追いかけてくる。
「たすけてー!」と叫びながらハトの大群を引き連れてこちらに向かって走ってくるので、それを見た僕が「エサを捨てろ!」と言った。
すると友達は投げつけるようにエサを放り投げ、走り去った跡に残ったエサの袋にハトは群がっていた。
要は、「欲しいものを持っている」から群がってくるのだという話だ。
人間は思うほど誰もが人間となれているわけではなく、多くの人は動物的なままで生きている。
未発達、というならば、大人になっても多くの人は未発達なままだ。
老人たちが言う「昔はもっと自分で考えていたのに」は嘘だ。自分たちの過去を美化しているに過ぎず、当時だって多くの人は情動的に動き、権威の教えたことを覚えては口にしているだけで、昔の日本人だけが世界でも類を見ないほど人間として発達していたわけではない。
他人が欲しがるものを見せびらかせば、それに群がる鬼はやってくる。
それを嫌うのは人間を嫌うのと同じことで、それが「習性」だと思えば、人が欲しがるものを見せびらかしている方が悪いのだ。
加藤諦三先生の場合は、何もかもが、環境そのものが、自分の望んだことが望んだ通りに起きる世の中でなくては許せないようだった。
彼はよく「ずるい人」という表現を使う。
率直に言って、その主観的表現は学者としてどうかと思うが、一般向けに書いているのでそれはそれでまあいいとしても、そこには彼の個人的不満がありありと表れている。
彼は自分自身が正しいことをしているから、周りもそうであってほしいと思う気持ちが強すぎるのだと思った。
我慢してやってきたから、そうなっているのだ。
そして、親から子に「押し付けられた」ものはそうそう変わるものではない。
「言葉で教えた道徳性」
これは本人の道徳性として身に着くものではない。
そしてそれは既に、過去に発達や道徳性について研究したピアジェやコールバーグが発見しているのだ、というのが僕が今回教えておきたいことなのだ。
道徳性は、遊んで、体験して、自分自身で気づいて身に着けていくものなのだ。
そんなわけで、僕としては僕が今までやってきたことの中では
「皆で一緒に何かをしていること」
が最も大事なのだ。大人になってもまだ発達していくならば、発達に応じてなんらかの場を設けなくては社会で偶然を求めている限り埒が明かない。
勿論、そこで頭の中で一人おしゃべりをしながら(この表現はスマナサーラ長老が使っていたが、僕も使うことにした)、周りの人々と自分を比較して、また他人と比較して優劣を決めたりバカにしたり嫉妬したりしていたのでは、なんの意味もない。
僕がいることが、一番重要だった。なぜならば、大人になって僕が子供の頃に見つけたように、「本当に平等に人を見ている人」を見つけようとしてもなかなか難しいことだし、もし愛ある家庭の明るい人がいたとしても、その人と同じ輪に入っていく機会などそうはないからだ。
僕自身が何を体験して気づくことができたのかをわかっているから、同じような場を設けてきた。
講座で言えば、その内容よりも持ってきたお土産を選ばせたこと、皆でお菓子を食べたこと、そして後からお茶会や飲み会をしたことの方が重要なのだ。
なぜならば、それにより「心理的に健康な人」はメンタルへの攻撃から身を守っているからだ。
殆どの人が、自分には何かがないから何かを得ようとして生きている。
しかし、健全な精神、自然な自分というものは元々全員が持って生まれたものだ。
「防御できなかったから、病んでいる」のだ。
それを「病んでいる私」として捉えるから、何も変わらないのだ。
「本来は自然であったのに、防御しきれなくて病み続けている」と考えるのだ。
苦しいから救われようとするのが殆どの人なのだが、苦しい状態が当たり前のように続く今の環境を変えなくてはならないのだ。
そして良い環境を用意されたところで、その場を荒らすのが自分であれば子供時代の僕のように段々とそこからはみ出ていくのがオチだ。
「あなたを育てて、なんの得になるの?」
これをあなたの母親が思っていたら、どう思うだろうか?
「仲間になったら、どんな得があるの?」
こんな友達も要らないだろう。
しかし、そのような考えになってしまった人が殆どだ。
だから病んでいるのだ。
何かの得になるから、自分が欲しいものをもらえるから、だから「この中に入ります」なんて人は場を荒らすだけであり、健全な人の和を保つことはできないのだ。
仲間といると、楽しいのだ。
「得にならないなら、楽しくない。私一人の思い通りにならないなら、楽しくない。元々欲しかったものが手に入らないなら、他所で自慢もできないなら、なんの意味もない。」
この考えの人はとても多い。
とても多いが、当然口に出しては言わない。
かつては、義務教育など自力の努力がなくても場は用意されていた。
しかし、大人になると職場くらいしか集まる場所がなく、「健全に楽しく遊ぶための場」などなかなかない。
ここで間違わないでほしいのが、たとえば友達が欲しいと思って同じ趣味の人たちがネットで知り合って群がる場合もあるが、それとは全く異なる場を僕は指している。
そのような「自分と同じ人と集まりたがる傾向」はむしろ動物的であり、常に不安な人が同化することで安心感を得ようとしているものだ。
そしてより不安になり、何かあると「自分は違う」と自分をアピールしたくなるのだ。
自分だけはみんなと違う、と思っている人が、本人が思うほど他人との違いはなく、本人はそう思えるだけの心の問題でしかないことはよくある。
自分が知っていることは同じ場で同じように学んだ人もいる。
特別自分の欠点を誇示したくても、似たような人は他にいくらでもいる。
そのような「普通の人」が、心の中では「自分だけが」と思っている。
自分だけが違うのではなく、自分だけが特別な存在になりたいのになれないから、頭の中では自分だけが自分だけがと思うのだ。
しかし、自分だけが特別ではない場にこそ、本当に安心できる環境が作られる。
父親だけが偉いわけでもない、母親だけが不幸なわけでもない、子供の誰かだけが優遇されるわけでもない、それぞれに違いがあっても、それぞれが平等に人間として尊重されている場にこそ、安心はあるのだ。
もし、本当に家庭の中で「自分だけが損した」と思ったとしても、それを引きずっていけばいつまで経っても「なんでもない安心な場」には到達できないのだ。
長くなるのでこの辺にしておくが、とにかく「言葉で教えて身に着く道徳心」など存在しない。
体験の中で本人が気づくことでしか、内面的な成長などできないのだ。
成長を「促す」ためには、体験を用意してやるくらいしか他人にはできないのだ。