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気付ける人は一瞬で終わる、心の問題 ~無料記事~

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 自分の心の「存在」を無視されて育った人でも、もしやれたら一瞬で終わる。

 それが、僕が経験上知る限り、唯一現実に出てくる方法だと思います。

 心を受け入れてもらえた人たちと同じように、人の心を見て生きるためにはそれしかないと思います。

 皆さんは、自分については心の中で考えている存在を「私」だと思っていることと思います。

 みんなそうです。

 自分=心の中にいる存在

 他人=見える形ある存在

 これが最初の人間の理解です。

 他人と同じ世界に生きている人は、自分も他人も「同じ仕組み」の生き物だとわかっています。

 人は心があって、見た目の部分は本人にはわからないものなのだとわかっています。

 自分もそうですが、他人もそうです。

 その人自身とは何か?見えない存在です。

 その「意識体」のような見えない存在が相手なのだとわかった上で、形ある部分は表面上見えるものでしかないと思って接してるのが人の心を見ている人です。

 意識して存在させないと、見えないので「ない」と思ってしまうのです。

 なので、他人と心通わせる関わり方は意識して見えない方とやり取りしているつもりでやり取りするのです。

 そうなると、言っていることなんてどうでもいい程度になります。

 仕事で大事な話でもしているならばともかく、日常なんて冗談ばっかりでもどうでもいいんですよ。

 形だけで自分をわかって欲しい人は、全て情報で与えて「知ってもらう」を自分をわかってもらうだと思っています。

 それ、いつから、なぜ始まった。

 そこを考えたことがないのだと思います。

沖縄尚学の優勝を見て、努力することの素晴らしさと感動~無料記事~

 沖縄尚学が優勝しましたね

 感動しました。高校野球には毎日感動をもらいました。

 沖縄尚学の優勝も嬉しかったですね。
 沖縄のことが色々思い出されましたが、沖縄の人たちの地元愛がよくわかりました。
 彼らはやはり琉球民族としての誇りを失っていないのだと、感動しました。

 僕もとても嬉しかったです。

 優勝した瞬間、選手たちが走ってきてマウンドの上で歓喜していました。

 それを見ていて、僕も過去の気分が蘇りました。

 やはり、只管自分の道を努力して進んでいくのが一番だ、と思いました。

 なんでこんな目に遭うんだろうと嘆いた時も、どうしてこんなひどい奴がいるんだろうと許せない気持ちになった時も、誰にも言わず、ただじっと耐えて耐えて、関係のない人たちにまで悪しきものを運ばないよう気を付けながら、納得できない窮地の中でも少しずつ少しずつ前に進む。

 一年や二年は毎日思い出しては怒りや憎しみが湧いてくる時もありました。

 それでも、決して口に出さない。堪える。

 今何も知らずに接している仲間たちのことを大事にして、少しずつ一人で進む道を作り出していく。

 他人に助けを乞う時は、人のせいにせずただ必要なことのみ話して力を借りる。

 許せないほど不誠実な人間がいても、そうでない人たちにより感謝して共に進む。

 言う事がコロコロ変わるやつ、裏切るやつ、気に入らないと手のひら返しで態度が変わるやつ。

 都合のいいことばかりで何を聞いても嘘しかつかないやつ。

 色んな人間がいます。

 それでも、陰口を叩いてそのままの今を続けない。

 妄想ストーカー女子の悪口も、僕は言わずに進みました。

 だから今彼女を知っている僕の周りの人たちも、彼女のことは決して悪くは思っていません。

 悪く思われたとしたらそれは僕の責任ですから、立場上嘘でも彼女という立場にいたので、相応の扱いをしていました。

 彼女が間違ったことをしていると思うからこそ、人には言わないのです。

 彼女は反対に、無理やり付き合いを強要しながらありもしない僕の悪口を友達に吹き込んでは僕を悪者に、自分を被害者にして争いを起こす人でした。誰を相手にしても似たようなことをして、いつもいつも「可哀想なお姫様」をやって遊んでいました。

 恋人を周りの人に悪く思わせる真似は、僕の中ではしてはいけないことです。

 仲間の陰口悪口を言い、目の前ではコソコソと平気な顔でいるという裏切りもダメです。

 もし僕が恋人の悪口を言っているのに、彼女の前ではまるで本当に好きかのように嘘をついていたら彼女はその時点で既に孤立させられています。

 僕によっていじめられているのです。何も知らない彼女を騙し、陰では悪口を言ってバカにする。

 自分の彼女にそんな扱いをしていたら、僕が大事にする恋人なんてどこにもいなくなります。

 僕の中ではそれは男が下がることはあっても、上がる行為ではありません。

 そんな真似はできないと思うからこそしませんが、妄想ストーカー女子は僕に酷いことをする理由をこう述べたことがあります。

 「ゆうきは絶対に人の悪口言わないから、何をしても他で私の悪口を言わないだろうし平気だと思った」

 彼女はいじめが好きでした。幼稚園の頃から友達をいじめていた、と自分で言っていましたが、出会った時にも女友達の一人を孤立させ、複数人でSNSを使いいじめをしていました。

 楽しいそうです。いじめは楽しい。みんなで一緒にいじめをするのが楽しいからやるのだとハッキリ言っていました。実際楽しそうにいじめをしていました。

 僕をいじめる仲間に娘を引き入れようとして、娘が嫌がって大きな声で「やだ!やりたくない!」と言った時もありました。

 彼女にとっていじめはいいことなのです。みんなで楽しむいいことなのです。

 頭がおかしいと思ったものですが、この彼女を庇う人達も病んだ人には沢山います。

 そして、相手がどうでも関係ないのです。
 
 彼女は今も人をいじめながら、バカにしながら、人の悪口を言いながら自分だけ被害者みたいな顔をしてお姫様扱いしてくれる人を待っていることでしょう。

 本当に悪口が酷い人でした。こんなに悪口を「男の前で」言う女がいるのかと驚きました。
 正直、男に少しでも好かれたかったら男の前で悪口は言わないと思います。

 「この女、性格悪いな」と思われても、見ず知らずの人を悪く言ったところで自分が良い人だとは思われません。

 彼女は僕に好かれたい人ではなく、「この人は私が好きだ」と勝手に決めつけていじめをしたいだけの人でした。

 他の妄想恋愛ストーカー女子もみな一様に勝手に僕が自分を好きだと決めつけて、結局はいじめがしたいだけの人たちでした。

 それでも、これだけ色々話していても彼女たちより遥かに酷い人がいました。

 こうした話も今はもう笑いながら話せるから話すのであって、それでも彼女たち個人を知る人たちには決して悪く思われないようにしています。

 それはあくまでも僕が接した彼女たちであって、他の人たちに嫌わせるような真似は不当です。

 それでは僕が悪口を広める側になりますから、彼女たちがいつどこで僕が知る人に出会っても決して噂話の偏見で見られることがないよう、人として最低限の配慮はしてきました。

 だからこそ、我慢してでもとにかくその時は堪えて進むのです。

 自分の口を憎しみや怒りで汚してはならないと思うからです。

 何年もかかることですが、それでも悔しい思いや辛い気持ちを抱えて少しずつ努力して進んでいけば、やがてはそんなことも考えなくなります。

 誰も知らないけれど、自分一人で思うのです。

 「あの時はあんなに辛い憎いと思ったものだが、努力して進んできて良かった」

 どれほど苦労して進んできたか、どれほど苦痛だったか、それは自分だけが知るところです。

 自分だけが知ることにして進んできたからこそ、他の関係ないものまで「悪い出来事」に巻き込むことなく、平穏無事に育てていけるのです。

 僕にいきなり無理難題を押し付けてきた人のために、そうでない人たちとの関係まで破壊したら僕の人生にとって損です。

 実際、実はもう思い出すこともないんです。

 仕事の上で書かねばならないと思うから、ネタとして出してはきます。

 しかし、彼女たちのことは仕事以外で思い出すことなどありません。

 思い出すのも意識してやることで、あくまでも仕組みとして人間性心理の例にするためであって、彼女たちの存在そのものを思い出すわけでもありません。

 すっかり忘れていきます。

 過去のことなんて、そのうち不要になります。経験として身についてしまえば、もう不要になるのです。

 記憶の中にいつまでも置いておけるのは、今の自分にも必要なものだけです。

 沖縄尚学の優勝シーンを目の当たりにして、感動と共に意欲が湧いてきました。

 真剣に自分の道を生きてこそ、感動はある、と改めて思いました。

 今を生きている。

 たった今の体験に本気で喜んだり悔しがったりする彼らは、たった今、本物なのだと強く感じました。

 そして、その瞬間を目の当たりにしながら、過去の自分自身の感動が蘇るのです。

 泣き言を言わず、愚癡をこぼさず、人を罵らず、ただ只管に進んできて良かった。

 やはりこの道でいいのだ、これこそが自分の進む道だと実感しました。

 高校球児たちのお陰で、僕もとても清々しい感動を体験することができました。

 彼等に心から感謝します。

 そして、乗り越え続けても結局残るのは「いい思い出」の方です。

 仲間たちとの感動が今も蘇ってきて、今の僕にも勇気を与えてくれるのです。

 愛する人がいつも言ってくれた励ましの言葉を思い出して、辛い気持ちも励ましていけるのです。

 やはり、人を大事にしていく生き方の方が、自分にとって正しいものなのだと確信しました。

皆さんも気をつけて・無料記事

 昨日、自宅で熱中症になったんですよ。

 実は今も具合が悪いんです。

 昨日は自分でもなんなのかわからなくて、急にすごく息苦しくなってきたので「もう死ぬのかも…」と思いながら少し休んでいました。

 喘息の発作が起きそうなのかな?などと色々考えていましたが、熱中症だったようです。

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 塩分を取って水を大量に飲んで、涼しいところで横になっていたら楽になっていきました。

 室内で熱中症になるという話は聞いてはいますが、ちゃんとクーラーもつけているのに、なぜなのか不思議なくらいでした。

 強いて言うならば、パソコンに向かって作業していたので集中力が途切れないように「のどが渇いたなー」「トイレに行きたいなー」などとと思っても我慢してやり続けていましたから、そのせいかもしれません。

 確かに、のどはずっと乾いていたので何度も「なにか飲みたい」とは思っていました。飲んだ方が良かったかもしれませんね。

 なんだかその後も身体が熱いのです。

 部屋の中でクーラーをつけていても、ダメなんですね。

 温度をいつも高めに設定していたのですが、節電のために温度を下げ過ぎないようにと電気会社からは節電の協力を求めるメールなどが来るので、これでいいのだと思っていました。

 体感的には問題もないのですが、それでも「暑くて脱がないといられない」という感覚の気温の場合はダメなのかもしれません。

 今思いましたが、時間帯によって同じ温度設定でも室温が違っているようですね。

 丁度今は特に暑い時間帯なのですが、こんな時は温度を低くした方がいいのかもしれません。

 とにかく、座って作業をしているだけでも具合が悪くなってくるなんて、恐ろしいことですね。

 皆さんもご注意ください。

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 正直、自分でも「熱中症になっている」となかなか気づかないです。

 別の調子の悪さなのかと思ったら、家の中にいて熱中症ですからね…。

 外に出てバイクに乗っても「風が生暖かくて気持ち悪い」ほどの暑さです。

 風を切って走ったら爽快なのかと思いましたが、ここまで気温が高いと風なんて受けても湿度も高いので拷問にしかなりません。

 業務用クーラーの室外機の前を通った時に受ける「温かい風」をずっと浴び続けているような感じです。

 近所を走って帰ってきただけなのに、ヘルメットを脱いだら風呂に入って髪を洗った後かと思うくらい汗でびしょびしょです。

 「もう北海道に住むしかないかも」

 娘が今朝そんなことを言っていましたが、実は沖縄より気温が高くなっている北海道なので、避暑地的感覚で「批難」はできないでしょう。

 あと、クマが出ます。

 今年は北海道ニュースでも恐ろしいヒグマニュースが相次いでいますからね。暑さで倒れなくてもヒグマと戦って倒れるかもしれません。

 ただ、ひとついいことがあります。

 ガスもつけないのに、蛇口からお湯が出るんですよ。

 これでガス代無料でお湯が使えますね!(生ぬるいやつ)

 驚くほどお湯です!間違ってレバーをお湯の位置にして水を出したのかと思いましたからね。普通にお湯ですよ。しばらく出し続けても、お湯です。

 本当に、酷い暑さですね。

爽やか夏気分になるための画像

 僕はこれを書いていて思いついたので、ベランダに水を撒こうと思います。

 京都・打ち水作戦 in 千葉です。

 とにかく工夫して、なんとか夏を乗り切っていきたいと思います。