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真剣に生きていなければ幸せになどなれない ~無料記事~

 僕は最近とてもがっかりしています。

 真剣に幸せになりたい人がちっともいないからです。

 僕たちは冗談で生きているわけではありません。誰もが本物の命を使い、本物の人生を生きています。

 一度きりの人生ですから、一度生きたら取り返しがつきません。

 本気で考えて生きていなければ、いくら夢見ていても望むことなど叶いません。

 ふざけて冗談で生きている人には、よく出会います。

 都合のいいことを考えて他人を操作しようとし、それがうまくいかなくなると誤魔化す。

 人生そのものを、冗談で生きているのです。

 僕は本当に幸せになっていく方法を教えたいのですが、なにせ幸せになろうとしている人が本当にほとんどいません。

 例えば、「私をわかってくれる人」を求めて生きる人。

 辛い過去があり、どんなひどい目にあったのかなどを知って可哀想がってほしい、共感してほしい、という目的を持って生きています。

 しかし、それが起きたところで幸せになりません。

 要は、人生を既に諦めているのです。

 人生そのものを諦めた人は、既に幸せになれると思っていません。諦めたからです。

 僕はよく時間の話をしますが、真剣に本気で考えれば小学生でもわかるような非常に簡単なことです。

 既に、今もう絶望的に今後幸せになどなれない道を「自ら」進んでいる人は沢山います。

 辛い過去をわかってほしいと思っている人は、未来を諦めました。

 過去を覆すために、これからの新しい道を捨てたのです。

 過去に起きたことを「なかったことにする」ために生きているのです。

 それは不可能です。だからもう人生そのものを諦めているのです。

 自分の頭で真剣に考える、ということさえ、しない人はまったくしません。

 真剣に考えたい人は考えます。考えない人は考えません。

 考えるなどということは、自分の意思でやらなければ誰にもわからないので、やりたくないならいくらでもやらずに済むのです。

 僕は子供の頃、本当に家の中では酷い目に遭っていました。

 そして小学校には、同じように劣悪な環境と言える家庭の子がいました。話をすればその子だけは「わかってくれた」のですが、そこでその子と家のことで愚癡を言っている状態は、人生のおしまいを意味していました。

 今後、もう僕が望む幸せになどなれない、ということです。

 それがなぜ、その時に決定してしまうのかわかりますか。

 今ここで、考えもせずに「わからない」と結論を出す人が多いのです。

 自分がわからないと「それはおかしい!」と怒る人もいます。

 自分が理解できないことは、なんでもおかしいし、間違っているのです。

 つまり自分は何を聞いてもスラスラと理解できる、オールマイティな頭脳を持っていると思って生きているということです。

 しかし、それを聞けば「そんなことはない、なんでもはわからない」と答えます。

 自分自身が、完璧な頭脳を持った人間でしかない振る舞いをして生きている、それすら自覚がないのです。

 そのくらい、「何も考えずに生きている」のです。

 以前から時々言っていましたが、僕は人間がここまで愚かなものだと知りませんでした。

 ここまで考え無しに、ふざけて生きている人が多くいるとは知りませんでした。

 僕は特に学があるわけでもなく、真剣に考えて生きてはきましたが、多くの知識は金がないので自力で学んで身に着けてきました。

 学歴がなくても、学んでいないわけではありません。
 金がないから学ばないでは後から困ります。役にも立てません。ですから、自分で金がないなりに図書館に行ったり教科書を買ったりして、一人で学んできました。

 何をするにもそれが後になんの役に立つかを考えてきました。

 それは自分のためでしかなく、必要なものを少しずつでも身に着け続けるのは、真剣に生きていれば誰もが同じです。

人生の値段 ジョナサン・ハイトの著書から ~無料記事~

 ジョナサン・ハイトの著書からの引用です。

米国の思想家ヘンリー・デイヴィッド・ソローは1854年、簡素な暮らしに関する著作『森の生活:ウォールデン』のなかで、次のように書いている。

「ものの値段とは、それと引き換えに直ちにまたは長期にわたって要求される人生の量のことである」

これはのちに経済学者が「選択の機会費用」と呼ぶものの洗練された表現だ。つまり一度、お金と時間を何かに費やしたことで、もうできないすべてのことを指す。

 そのとおりなのですが、現代社会では、人生を大量に「気持ちの慰め」に使う人が多いですね。

 過去の不幸に嘆く人は、救いを夢見ては推し活や、現実逃避の恋愛をします。またはバカにされた悔しい気持ちを晴らそうと、やりたくもない勉強や仕事をして優越感に浸ろうとします。

 その時に費やした金銭は、誰かの時間、つまり命の量を使ったものです。

 自分で自分の稼ぎを妄想のために費やし続ける人は、我慢してきた鬱憤を晴らすために我慢してきたことで得た金銭を大量に推し活的な何かに費やします。

 妄想を膨らませれば膨らませるほど、今我慢している日々が不幸なものに感じられます。

 そして更に現実逃避した未来を求めて、我慢を続けるのです。

 最も無駄だと個人的に思うのは、妄想の恋愛です。

 現実に本物で恋愛していけばいいのに、実在の相手をネタに空想の体験をしようとします。

 その時に使った時間、そして金、つまりはすべてが「寿命」ですが、そのうち破綻して消えてしまっても、戻ってこないものです。

 そして年だけ取っていて、現実の経験からの成長も得ず、自分はまるで変わらないまま「過去には可能だったことが、既に不可能になった」という今に至るのです。

 「この人が救ってくれる」と勝手に妄想して、相手の命を、自分の命を、どれだけ無駄遣いする人がいるか。

 僕は若さも命も大事にしているので、決してやりたくないことですが、今の日本では若い頃から現実逃避に「現実の苦労」を消費する人たちが非常に多いと思います。

 「そんなことしたらどうなるかわからない!」

 この当たり前の道を避けていることが、我慢と不満の人生を選んでいる原因です。

 何をしたらどうなるかが「わからない」のは当たり前のことですから、命を使い切ってしまう前によく考えたほうがいいのではないでしょうか。

 自分の思い通りになどならない世界に生まれてきた、と自覚できない人は、他人に自分を育ててもらい、更に他人の期待通りに成長したら「望みを叶えてもらえる」と期待します。

 それでは、他人にとって一切利にならない存在、言い方を悪くするならお荷物な存在でしかありません。

 「望みを叶えてもらう」ことを目的としなくなるのが成長ですから、一瞬でできると言えばできることをしていないのは自分の方なのです。

 実際の体験を積み重ねても、いつまでも「まだわからない」と思って生きる人はいます。

 人生を最期まで費やさなくても、今までの経験から現実的な推測をして、望んでいることが起きそうかどうか判断しなくてはなりません。

 「本当は私のための世界なのに、まだ運命のスタートに出会っていないだけ」

 そう思い込もうとすれば、死ぬまで続けることはできます。

 しかし本当に人生を使い切ってしまったらどうにもならないし、他人にお願いして「今から頑張るから」と自分のために状況を作り直してもらうことも、何もできないのです。

 

これをやると100%恋愛に失敗する ~無料記事~

 真の愛情が育つ関係を作りたいならば、決してやってはいけないこと。

 会員向けの動画から画像を切り取って紹介します。

 恋愛に確実に失敗するので、以下のことはしてはダメです。

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 現実の異性を相手に、妄想しながらデートしている、の図。

 まだお付き合いもしていない関係だと考えてください。

 一緒にいて何気ない会話を楽しんでいるようでいて、頭の中は妄想でいっぱいです。

 なんとかして妄想している展開に誘導しようとしている男がいます。

 この時、男の頭の中は自分に都合のいい妄想でいっぱいです。

 現実を無視するとはこういうことです。

 先に妄想していると、自分が誘導したい展開以外のことは全部「悪いこと」になってしまいます。

 勝手にそう感じるので、悪いことが起きていなくてもそれを悪いことのように扱ってしまいます。

 そして、彼女の話は聞き流しです。

 自分の話を聞き流している相手といれば、当然感覚的には寂しい気持ちになります。

 表面では良さそうなことを言うので口喧嘩にもならないでしょう。

 ただし、態度でわかりますから、彼女の態度も段々冷たくなって行く可能性があります。

 男の方は「どう誤魔化しながら都合よく話を進めるか」ばかり考えています。

 しかし、自分がこの場で誤魔化せればいい、という問題ではないのです。

 彼女が今まで出会ってきた男に、「自分以上に話を聞くやつ」がいたら、自分一人でどう誤魔化しても話を聞いていないことはわかります。

 この世には、自分以上の人間がいる、とこの図の男は考えていません。

 もし、強引に話を進めようとしたり、都合のいい展開になりそうにないとなると彼女に否定的なことを言って誘導しようとしたり、そんな真似をしてしまったら彼女にとっては最低な男になります。

 「この人最低!」とならないとしても、「自分のこと好きじゃないんだ」とは思うでしょう。

 

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 目の前にいる彼女のことを考える。

 今、ここに一緒にいるのですから、ここで今心も一緒にいればいいのです。

 結局、この図の男はヤることしか考えていません。

 彼女が好きならば、心も一緒にいたいものです。

 彼女が好きなわけではなく、彼女を使って「好きなことをやりたい」だけです。

 心も一緒にいれば、今ここでの体験が良い思い出になり、本当に彼女の好意も高まるでしょう。

 「よし、デートにこぎつけたぞ。じゃあ、このデートでなんとかしてホテルまで…」

 そんなことを考える男は、彼女のことが好きではありません。大事にする気はゼロです。

 たった今、自分と一緒にいる彼女を孤独にさせる行為を平気でやっているのですから、もし男の都合よく展開できたとしても、先は見えています。

 こうした男は、「最初はうまくいったのに」が関の山。

 デートをした時の相手の様子もよく見ていない、覚えていない、その時の思い出に心を満たされることもない。

 ただ「思いどおりにどんどんやりたいことができるかどうか」しか考えていないのです。

 彼女はいつも孤独で、寂しい思いをします。

 この男がやっていることはこんなことです。

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 以前、AI生成でエロ画像が作れるのか?をやってみた時の画像が今、役に立ちました。

 この男は、アニメキャラで妄想するところを、現実の自分が接する相手をネタに妄想しているのです。

 妄想で幸せになってしまったら、もう現実は不要になります。

 現実の「他人を交えた未来」は、自分一人で作るものではありませんから、勝手に妄想で未来を作ってはいけないのです。

 100%失敗します。

 実在の、自分が現実に接する本物の人間なのですから、妄想などせずに現実に接していくのが当然です。

 この男は、自分が好き勝手に作った妄想を「現実に体験したい」ので、妄想のネタにしている女に望んだことをやらせたいだけです。

 つまり、誰でもいいのです。
 目の前の彼女が本当に好きならば、目の前の彼女を無視して妄想などしていません。

 たった今、一緒にいることが幸せだからです。

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 漫画キャラなどでは妄想するかもしれませんが、実在の、しかも実際に接する恋人になりたいとさえ思っている相手を「ネタ」に、ストーリー展開まで作って妄想していたこの男。

 悪くもないことが起きても、自分が期待する展開ではないと不満を感じる。

 彼女の意見に嫌な顔をしたりしながら、罪悪感を与えつつ自分の望む未来に誘導します。

 思い通りのことをやらせられるならば、彼女の気持ちはどうでもいいのです。

 つまり「自分が嫌われることはなんとも思わない」のですが、「自分の望んだ通りに展開しないことは嫌」なのです。

 この男は、そのうち彼女に腹を立てるようになります。

 妄想ストーリーまで作っているのだから、当然です。

 現実が自分の妄想通りに展開するなんて、あるわけないです。

 実際、望まない反応が出てきたこともあるのに、それをなんとかして覆すために現実を拒否し続けているだけなのです。

 彼女がそのうち本音を言わなくなります。

 何より、こんなことは好きな人を相手にすることではありません。

 今ここにいる実在の彼女が好きなのか、彼女はどうでもいいから自分の妄想を具現化したいだけなのか。

 この男は後者です。

 妄想で「未来を作って」他人を誘導するのですから、妄想の中ではそれが「良い展開」だったとしても、現実は最悪の展開になってしまうのです。

 人が人を本当に思った通りに動かす、なんてことができるわけないのですが、男は自分が「この世界で」特別な存在であると未だに思い込んでいる幼稚な人間です。
 男は彼女を誘導するためにご機嫌をとり、望み通りに動かせたら喜び、「この女は自分に気に入られるために尽くしている」と勘違いをし、望み通りに動き続いてくれなくなってきたら、ご機嫌取りのために払った犠牲を「損した」と思うのです。

 妄想しているストーリーと、現実に「事実起きていたこと」の区別ができないのです。
 妄想を打ち消す努力もせず、好き放題にひとり脳内で楽しみまくっていますから、自分が妄想と現実の境目もないことにまったく気づいていないのです。

 相手の反応を抑えつけてでも望み通りのことをやらせたら、その時点で「うまくいった」と次の展開に期待する始末で、「相手に無理強いをしたからきっと我慢して付き合ってくれているんだ」とさえ思わないのです。

 自分が誘導してきたのに「少しずつ進んでいる」と本気で思っていて、「自分に合わせて現実が進むわけがない」という現実には当たり前のことを、まだ理解していません。

 一切、望んだ通りに動かせるなんてことは起きない、とわかっていないので、彼女が望んだ通りにしてくれなくなると、それまで相手に負担してもらって喜んできた分、当たり前の現実に異様なほど怒りや不満を抱くようになります。

 その恨みは当然のように彼女に向かいます。「うまくいっていたのに」と思うからです。
 「言わせた、やらせた」が、「言ってた、やってた」に変換されているのです。彼女がやったことは全て彼女がやりたくてやっていたこと、という認識になり、自分がしていたことは「彼女のために、彼女が言うから」と彼女の責任になってしまうのです。

 このように、妄想の幸せに進む付き合い方をしていれば、確実に彼女を嫌いになり、恨むようになります。

 男には彼女が最低な女に見えてきます。

 「あんなにしてやったのに!」と見下しているのです。

 そして、散々男の望む通りに合わせてきた彼女は蔑ろにされて傷つくだけです。

 男は彼女が酷い女だ、と思うのですが、そもそも最初からひとつも自分の思い通りになどなっていない、気持ちが伴わないのに形だけ無理やり合わせてもらっていたのだ、という自覚はないのです。

 性犯罪者と思考は同じです。動画の方でも説明しています。

 「相手も喜んでいた」と本気で思っているのです。

 まともな感覚の人は、相手が一度自発的に言ったこと、やったことを「自分が覆させる」なんてことは考えないのです。

 そうだったのだから、それに適応するのは自分なのです。

 しかし自分の適応能力を高める努力をせず、状況を「自分が思うままに振る舞える形」に変えようとするのです。

 大体、この男。

 実在の人間を相手に妄想していいことでないのに、その程度の道徳性もないのです。

 心の中で妄想し始めた時に、それを打ち消そうとする、相手の誇りを守ろうとする、その程度の思いやりもないのに、彼氏になろうとしているのです。

 「バレなきゃいいや」の精神なので、見えるところだけは都合のいいことを言いますが、頭の中では好き放題で、見えないところで男友達相手に彼女をバカにしていても罪悪感の欠片すら生まれないのです。

 まさに女を道具扱い。
 しかし彼女の方には自分と同じ真似をしないことを期待しています。
 彼女には見えないところでも自分に対して誠実で、頭の中でも自分に下心がないことを要求しているのです。

 性格のいい女がいたら、何でも信じてくれるだろうからそいつを利用して望みを叶えよう。そんな発想で生きています。

 今、AIを使って実在のクラスメイトのエロ画像を作ってアップする、なんて愚行をする輩がいるので、問題になっていますね。
 完全に犯罪だ、というレベルのことを面白半分でやる子どもたちが増えていることは社会の問題ですね。

 そういう真似は、この男のように他人に思いやりの欠片もない人間が、元々は妄想でやっていたことを現実に実行しただけです。
 科学や技術が進化すると、中身が進化していない人間が必ず「便利なもの」を悪用し始めます。
 進化はバランスを取らねばならないものだとつくづく思います。

 妄想ならいくらでも思い通りになりますよね。

 好き勝手な内容で楽しめるでしょう。

 好きな女を裸にしたり、逆に悪いやつを辱めたり。やろうと思えば好き放題できます。

 「嫌いな人がいるから殺そう」と思えば誰だって可能です。

 ただ、それをやらない理由は「犯罪者になりたくない」という理由か、または「いくらなんでもそんな身勝手なことはできない」という理由か、状況が同じでも何を考え何をしたくなるか、人の判断はそれぞれです。

 しかし、図の男の場合は「本物の自分の人生における恋愛」を場に、相手となる彼女を妄想のネタにしたのが現実ですから、人生における恋愛はうまくいきません。

 真の愛情なんてものにたどり着く日は到底くるわけがありませんが、それでも男は常に「相手の女がダメだったな」と上から目線の態度で考えているので、どこかに「俺専用の女」がいないか求め続けるのです。

 通常、脳内の世界でやらなくてはならないことは、「現実には不可能だから」です。

 二次元のキャラと脳内で恋愛しているのは、実際にはできないからです。

 しかし、実在の人間が相手で実際にデートもできるのですから、現実に彼女と仲良くなればいいだけなのです。
 ところがこの手の輩はそれでは気がすまないのです。

 実際に普通の男に起きそうなことではなく、現実には成し得ないすごいことを現実に起こしたい。

 この男は他の女が相手でも同じ付き合い方をします。
 現実など何度破綻しても人を見下しているので傷つきはしませんが、「全部思い通り」に進まないと気がすまないため、凡そ実在の人間とは恋愛ひとつまともにできない男なのです。

 中身が成長していないのです。

 ・実際に接する相手を妄想に使う、道徳性の低さ

 ・今ここにいる実在の人間を目の前にして、表面だけで会話して頭の中では現実を傍観しているという人を見下した態度

 ・妄想したとおりに相手に動かそうとする、それが可能だと未だに思っている幼稚な思考

 
 つまり、道徳性が低いバカなのです。

 妄想していたとおりにしてもらえた、だからどんどんうまくいっている、と思えるのは、バカな証拠です。目先のことしか考えられないので、全体像で見ることができません。

 脳内には実在の人間と空想の人間が入り混じった、自分を中心にした世界が広がっているのです。

 子供の頃に誰もがやるやつです。
 漫画キャラと実在の人が混同されている世界を作り、誰かを悪役にしたり、誰かをヒーローにしたり、好き勝手な世界をつくり「自分が主人公」の世界を楽しんでいるのです。

 実在の人間に配慮がないまま、大人になってしまったのが図の男です。

 ある程度の年になり、「友達と仲良くなっていく過程」でこの妄想は消えていきます。少しずつ現実の他人を知っていくからです。

 子供の頃は、自分が知っている存在を2次元3次元関係なく、好き勝手に存在させて妄想するものです。空想の友達と遊んでいるのも健全なことであり、子供においては当然です。

 しかし「妄想しなくても本物の友情や愛情を育める立場」になると、今まで通りにしていれば妄想は思い通りで楽しいかもしれませんが、それをやっているうちは現実はうまくいかないのです。

 もし図の男が彼女と別れる際に彼女のせいにして別れているようであれば、この次はもっと酷い恋愛になってしまうでしょう。

 現実を使って妄想すれば確実に破綻するのです。

 生きた人間に対する思いやりの無さが原因ですから自業自得です。

 失敗は、「最初から」であり、長く失敗を続けているだけなのです。

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 本物の自分の友達や恋人がほしいならば、気分だけ味わう妄想は捨てるしかないのです。

仲間と協力して生きていきたい人は聞くと残念な話 ~無料記事~

 現在の社会では、利己的で他人に無関心な人が多くなりました。

 それは普通に生きていてもわかりますが、人と協力して生きていきたい人にとっては残念な環境ですね。

 ジョナサン・ハイト(社会心理学者)も著書で述べていますが、ヒトが成長していくためには子供時代の遊びが必要不可欠です。

 子供時代に遊びを通じて様々なスキルを身につけ、遊びを通じてコミュニケーション能力を培っていきます。
 皆で一緒に冒険したり、内輪だけの冗談を言ったり、からかったり、喧嘩したり、という体験を通じて他人との距離や付き合い方を身に着けていき、その力がやがてより大きな困難に力を合わせて立ち向かうために必要になるのだ、とハイトは述べています。

 僕の説明はヘタで申し訳ないのですが、コミュニケーション能力が足りない人たちは遊びができないのだと観察していて気づいたので、教室の頃から皆でやる遊びを行ってきました。

 新しい発見や、今まさに行っている雑談もそうです。

 大人になったらなかなか場がないので用意してきましたが、子供時代にその能力を培ってこなかった人も多く、少しずつメンバーにも慣れて少しずつ楽しんで行けるようになりましたが、普通に出会う限り「仲間と協力してより大きな困難に立ち向かえる人たち」は子供時代に既に真の友情を体験してきた人たちに限るということになってしまいます。

 独りよがりな人は協力以前の問題ですから、自分の望みを叶えるために他人を使いたい人とは「共に困難を乗り越える」は無理、ということになります。

 そう考えると残念ですよね。

 しかし僕も実際に何度も何度も一人でも「新しい困難」に挑戦してきて、やはり無理だと思いました。

 「一緒に力を合わせていこう」と言えば、そうすることにしておけば、自分が気に入られて見返りをもらえるとか、望みを叶えてもらえるとか、そんなことばかり考えていて、最初から「目的を同じくできない」のです。

 最初から破綻しているのです。
 意識は常に「一人の世界」にいるので、表面上合わせてはいても、現実の結果は絶対に出てこないのです。

 当たり前です。本当ではないのですから。
 僕は、だったら最初からはっきり力を合わせる気なんてないと言ってくれた方が遥かにマシだと思います。
 自分だけの欲を捨てる、ということが、仲間の足を引っ張る結果にしかならないとしてもやめられないのです。

 黙っていればバレないから平気、という考えは、現実には行動する気がない人の輪でのみ許されることです。本当に共に未来に進む人たちを相手にしたら、自分のせいで周囲の人たちを倒してしまいます。

 友達は絶対に裏切れない!

 この手の責任感も、まったくないのです。

 それもこれも、子供時代から続いていることなのだと思うと、確かに社会は大変な事になっているし、これでは大きな力で大きなものを動かしてくれない限り、彼らが変わることはないだろうし、見えるほどの変化に至るまでには50年はかかることでしょう。

 大きな力に流され続けて来た人たちは、とにかく群れて周りと同じことをして、堕落も向上も社会任せです。

 彼らはとにかく「自分が傷つかないように」生きています。

 それもまた、子供時代にリスクを負う遊びをしたり、スリルを求めて挑戦したり、という経験が不足しているせいかもしれません。

 子供時代にしか身に着けられないものがあります。

 10代までのうちは非常に重要な期間です。

 その時に臆していたり受け身でいたりした積み重ねは、のちの人生に影響します。

 Z世代には防衛的な人格となっている人が多い点についても、スマホ、SNS等の影響があるとハイトは指摘していますが、目の前にいても相手の表情から感覚的に気持ちも読み取れないのでは現実のコミュニケーションに困ります。

 心の中で引きこもっている人達は、自分が存在しているのに起きていることを現実として認識していません。

 自分がいるにも拘らず、自分が様子を見ているだけだから、まだ何も起きていない、という感覚です。
 起きていることは全て現実であるという認識すらできないのです。

 自分がお芝居をしてそこにいるならば、当然自分の身に起きたという当事者意識はなくなります。

 心の中から「周りの様子を見ているだけ」という感覚になり、自分はそこにいないかのような気分で、軽いノリで生きてしまいます。

 そのくせ、肉体は生きているものだから年は普通に取るのだからタチが悪い話です。

 僕も散々協力していこうと友人にも求めてきましたが、とにかく同意してくるものの、実際には「言い出しっぺ」の僕が全部レールを敷いてくれるのを待っているだけなのです。

 とにかく、他人の責任、他人の行動に依存して生きるのです。

 自ら奴隷になりたがる。協力はできないのです。

 友達と力を合わせていく能力が育たなかった、と言えるでしょう。

 問題点は色々あれど、一体どこから始めたらいいのかといつも悩みます。

 僕が想像もしないくらい、手前のことを考えなくてはならないのだと思います。

 そもそも僕には「自分がない」という意味がわからないのです。

 一体、家に一人でいる時に何を考えて何をしているのか。

 友達や恋人と会って話していた後、何をしているのか。

 その場で話したことは「嘘」で、一人になったらその続きを考えもしないのではないかと思います。

 当然、本物であれば会っていた時に見せていた自分は本物なのですから、別れた後も「人前にいたときと同じ自分」がいるのです。

 言っていた通りのことを本当に思っていて、その後一人になっても考え続けているのです。

 偽物ならその場限りです。

 別れて一人になった途端に違うことを考えます。

 「会っている時にしか考えていない」のです。

 それが、人に見せる自分にしか興味のない人です。

 現実は本人にとって「テレビの向こうの世界」であり、どこの番組になら「いい役」で登場できるか、そんな感覚なのです。

 実際の自分、つまり一人でいる時の自分には関係ないかのように思えるのです。

 しかし、テレビの向こうで起きていることだと思っているならば、現実にはこれほど当てにならない人はいません。

 自分が好きな番組に参加できると思っているならば、言っていたことを簡単に覆して、「番組」放棄して一人で勝手に出ていき他の人達を困らせるかもしれません。

 とにかく、一時が万事嘘しか無い。

 嘘以外に存在しないのです。

 それで、他人と協力なんてできるわけがありません。

 人に見せている部分だけで作られる「実在の人」なんているわけないです。

 家に帰って一人でいるときが最も素の自分なのですから、その自分通りに見せていればいいのです。

 一人になった時に考えてもいないことを、考えているかのように「見せる時だけふりをする」のならば、最初から誰とも親しくなりたくないのです。

 それでも、どこからでも「本気」になれば流れも変わるでしょう。

 しかし、自分の身近にいる誰か、新しく出会う誰かと協力して生きていくなんてことは、簡単にはできないのだ、と友情を知る人たちも諦めていくしかないでしょう。