答えなんてないです
最初からやらなくてもいいことなのです
こう表現したらイメージが湧くでしょうか
「親は自分についてきて欲しい」
一人になるのが怖いので、ずっと従ってついてきて欲しいのです
大丈夫だと安心させてもらいたいのです
従ってくれる人がいれば、自分は正しいのだ、これで大丈夫なのだ、と安心できるのです
子供が言うことを聞き続けてくれると、安心できるのです
「これ、いつまでやっていればいいの?!ずっとちゃんとやってきてるよ?!」
騙されている人たちの不満は、こんな感じです
そして、わかっていない人は誰彼構わず「言うことを聞けば幸せにしてもらえる」という姿勢で接します
「何もしなくていい」
この意味が、概念が、わからない
常に「どうすればいいの?」と考えてしまうから、どうもしなくていい人を前にしても、自分が間接的に何かを要求されていると勘違いしてしまう
まるっきり話を聞き間違えて、違う解釈をして返事をしてしまう
ただ、そうなるのはなぜかはわかりました
僕も加藤諦三先生といて、間接的に何かを求められているのだが、答えはなんなのか?と常に考えていました
僕の場合は「これは何かの修業なのかな?」と最初は思っていました
彼が成長した大人だと思い込んでいたからです
事実がわかれば、これまで起きたこともまるっきり違うことになります
自分の勘違いだとわかります
「中途半端にしか説明しない」
こっちが合わせて何かを言わないと、話が続かない
そんな話し方をするので、いつもいつも、「何かの問題を出されているような気分」でした
しかしその答えがないまま、「次に進む」のです
「僕を何に使いたいのだろう?」と思っていました
何かをやらせたいことはわかるので、何をやらせたいのか知りたいのです
それ自体は別にどうでもいいのです
やらせたいならば、本人が言わないとわからない
しかしどうやら「これをやればいいんだな」とこっちが察して、本人がやらせたいことをやらなくてはならないようなのです
そんなことをしたら、僕の持てる能力は使えません
本人が自分の意思で「やりたい、やろう」と決めないと、本人の持っている潜在能力は使えないです
皆さんは、なにかしら「ゴール」があって終わると思っていることでしょう
ないです
他人から答えをもらえるような、他人に確認してわかるような
「これでいいんだ」
と安心できるゴールがあると思っているでしょう