そんなものはないです
本当に安心できる世界にいくためには、逆
「なんにもない」
求められてもいない、やらなくてはならないこともない
何もない
何もないけれど、そこに「特になんの問題もなく進む日常」がある
何も起きていない
でも、生きているから続きがある
これを「体験して実感すること」が必要です
なんにも起きていないです
が、それを体験するためには「本当になんにも求めていない人」がいる必要があります
自分が何かをやらせようとしていてもダメ
その集団内に、自分も含めて「他人に言うことを聞かせよう」と下心を持っている人間が一人もいない
それでうまくいくのです
最初から「他人に言うことを聞かせて叶えたい目的」がある場合は、「何も求めてこない人たち」の輪にいても意味がないのです
それじゃあ、なんにも叶わない!
他人に言うことを聞かせて、望んだことをやらせることができない
だったら「他人がいてもなんにもいいことない!」のです
そう、だから、自分の親も自分が言うことを聞き続けてくれないならば、なんにもいいことがないと思っていたのです
支配が「ない」世界がわからないのです
その「なんにもいいことがない世界」で生まれてくるのが、愛された子たちです
何も言うことを聞かされない、でも言うことは聞いてもらえる
これが支配的な人の理想です
何も言うことを聞かされない、それでも「一緒にいてくれる」
これが受け入れ合う家族です
「一緒に生きていくメンバー」に入っている
それこそが、重要なのだとわかっているのです
特にやらせることがないならば「お前は用済み」として捨てられないのです
殆どの人は「望んだ通りに動かない人」ならば、不要だと思っています
望みを叶える人間以外は「どうでもいい人間」なのです
支配されて生きていると、頭の中がおかしな考えでいっぱいになります
ただ、「縁を続けていくこと」が難しいことなのだと知らないのです
自分の話を特別に聞いてくれるわけでもない、何かをこれからしてくれるでもない
それでも「共に生きている仲間」として気にかけて生きていく
そんな関係は「損だ」と思う人も多いでしょう
だから、親であっても「何かしてくれないならば、手間暇かけて育てることは損」なのです
今までしてやったことを恩に着せて「見返りをよこせ」と間接的に要求してくるのです
そして子供は、我慢した見返りを求めて、親に言うことを聞かせようとしているのです
この争いは不毛です