事件がありました。ニュース記事の引用です。
娘は「楽に死ねるには…と何度も検索した」父親が娘に性的暴行疑い 娘が直接問いただした際の音声記録で父親は「自分が愚かだということ」
https://www.mbs.jp/news/kansainews/20240306/GE00055930.shtml
娘に性的暴行を加えていた父親が逮捕されました。富山県黒部市のニュース。
MBSニュース3月6日の記事より
このニュースの映像に、逮捕された父親の映像が出てきます。また、娘が録音した会話も映像内で流しています。
父親の話し方に注目です。
父親は娘の質問に対してこのような表現をします。
【音声記録より】
(里帆さん)「私が傷ついているとか、そういうのはまったく考えなかったってことでしょ?」
(大門容疑者)「考えることができなかったんだろうな。自分が愚かだということ」
(里帆さん)「私を性的対象と見始めたのはいつからなんだろう?いつなんですか?」 (大門容疑者)「中学生くらいとかそんな時じゃないかな」
おかしな会話です。
当事者である父親が、まるで思い出話をしている他人のような話し方をしています。
状況を無視。現実に直面しようとせず、当事者として対話しないのです。
こうして、心理的に責任逃れをしながら「まるで第三者」の顔で生きている人はよくいます。
迎合している人に多いです。
問題ない会話を繰り広げているのが「良いコミュニケーション」と勘違いしているのが、この父親のような人です。娘はイライラするどころではないでしょう。この状況で父親がこの物言いですから。
問題ないことばかり言う。本人のやっていることと、本人が取っている態度が不一致です。
こうした人は、真面目に接してはダメなんです。娘さんもこんなやり取りを繰り広げていたら頭がおかしくなります。
真剣に接したら損する人がいます。
それがこの父親のように、何があっても「もめごとにならない返し方」で何事もないことにしようとする人、または他人が悪者かのようにする人です。
大人になるとそこまで親密になる関係の人もなかなか出てこないとは思いますが、僕はやはり恋愛関係では度々「時間の無駄」と言えることしかしない人に出会いました。
恋愛関係、特別な関係になっていく相手に「迎合」はおかしいですよね。話を合わせていればいいわけではないし、相手が不審に思ったら相手を責めたり恩着せがましくして黙らせればいいわけではないです。
まだ犯罪まではいかない、でも人格的にはこの父親と同じ。
そのような人が沢山います。このニュースの話では、たまたま犯罪を犯しただけで、人格は元々です。
犯罪まで至らないうちから、このように「大事な問題に直面するのを避ける人」がいます。やがて犯罪です。
嘘つきは泥棒の始まりといいます。
お金や物を盗むのではなく、人の時間や信じる心など、様々なものを奪う人がいます。自分の身のことしか考えず「責められないように」と気を付けるのです。
「あなたと素敵なカップルになるため、愛し合うためにあなたの様子を伺って迎合しながら、気に入らないことが起きないようになあなあで頑張ります!」
こんな女がいたらクズそのものですが、実際います。男でもクズです。人も人生も何もかも舐めている人はいます。
この父親もですが、この状況でまるで遠い日の思い出を語るような口調で話しても相手は納得するわけないです。
この態度からわかることは、「娘はずっと舐められて蔑ろにされていた」ということです。
問いただされると、「自分も知りたい側の態度」になる。その場から逃げたのです。
自分が人に自分の考えをきちんと述べなくてはならない時に、「一体何をしたいんだ、考えているんだ」などと問われると、えーんと泣き出したり、黙って答えなくなったりして、叱られた子供のようになってしまう人がいます。
今までその態度で乗り切ってきたのです。そうして「だんまり」でいれば、親が勝手に話を進めてくれる。とにかく「叱られたら黙っている」それでよかった家の子が、なんの成長もせず、他人と親の違いにも気づかず、「まずくなったら黙っていればいい」と覚えてしまった場合に、よくやります。
なんでも勝手に決めてしまう親がいて、そのパターンを覚えた。
そして本人自身も知能が発達せず、外に出て他人を相手に同じことを繰り返すのです。普通は考えます。
自分のしていることは、友達にやることではないとか、その場の空気が読める人は自分のしていることが何かおかしいと気づきます。
周り任せで何もせずに生きていると、そのままになります。
「自分で何も考えてないんじゃないか?」と聞くと、この手の人からは百発百中で「考えてる」と返事が返ってきます。
「考えてない」と言われたので、否定されたと思って「面白くない気分」になった、だから子供のように拗ねて「考えてる!」というのです。
大人同士でこれをやられたらどれだけ困るか、他人の家の子なんて育て損なっても他人は面倒など見られません。
自分で自分を育てるのに必死になるのが当然で、自分で自分を放置していつまでも他人に育ててもらおうとしないものです。
自分が育たなくても他人はどうでもいいのに、自分がちゃんとしていないと「怒られる」と思っている人がいます。自分対沢山の親という気分で生きているのです。
そのように、完全に認知能力が育たなかった人は、立場を間違って生きていますから実際にはやらなくていいこと、やるから破滅ということを沢山やります。
気づく、という現象は誰にでも起きるわけではありません。
このニュースの父親も変わることはまず不可能です。
性行為を強要してきた娘が怒っているのです。そして問いただしてきたのです。そこでこの態度です。
この手の人はとても多いです。
「自分中心のナルシシスト」です。
娘がはこう言っています。
「私が傷ついているとか、そういうのは全く考えなかったってことでしょ?」
これは「質問」ではありません。
問いかける表現で話しているだけで、傷付いていることを知らせているのです。
これが「問われているから、質問だ」としか思えない。それが未発達な人です。
ここで普通に答えます。それも他人のことのように。
更に気の毒なのは、娘はこの続きを更に聞くのです。わからなくはないですが、これが「術中にはまってしまう時」です。
日本語の会話ができる人は、ここで「問われているわけではない」とわかります。
「傷ついているのだ」とわかるので、「言葉の意味を合わせた会話」などしません。
土下座して泣いて詫びて、これから一生を償いのために費やしてもいいくらいです。そのくらい反省しても娘さんの心は簡単に癒されることなどありません。父親だからこそ娘は「何度でも問いただしたい」のです。
現実であってほしくないことが起きているからです。
何かほかに理由があってほしい。そんな気持ちになるのは当然です。
このニュース、本当にいい例になります。
「おかしな会話の参考」にしてください。
噛み合っていないんですよ。この状況で「言葉の意味がかみ合う内容のやり取り」をしているのだから、「会話としてはおかしな会話になっている」のです。
このようなやり取りによって、娘のコミュニケーション能力は破壊されます。
言葉の意味をそのまんましか理解できない人がいます。
それが「会話の日本語」を習得できなかった人です。学校の国語のテストでいい点を取って、それで「自分はもう日本語ができた」と思った人です。
僕たちは英語のテストでいい点を取っても、英語を話せるわけではないと知っています。しかし、日本語の場合は勘違いするのです。
日本語は誰でも話せる。国語のテストでいい点が取れる人は、会話も上手にできる。
全く関係ないです。コミュニケーション能力はそんなものではありません。
そして、コミュニケーションがおかしな人は、「コミュニケーション能力」の意味も勘違いしています。
日本の所謂事なかれ主義の、このニュースの父親のように「空気読んだ会話」をするのがコミュニケーション能力の高さだと思っています。
勘違いです。著名なオタクの王様もよくこの勘違いを配信しているので、一応ここに書いておきます。
「空気読む」ができる人は「人の気持ちを察する」ことができる人です。
つまり、人とはうまくいく人のことです。
「自分はコミュニケーション能力が高すぎて、空気読みすぎて疲れるから人といたくなくなって一人になってしまうんだ」
こんなことを言う人がいます。オタクに多くいます。
意味がわからないです。自分ができないことをできないと認めず、あたかも能力が高い、良いことをしているかのように言い張ることで現実をごまかしているにすぎません。
とはいえ、「コミュニケーションがうまくいかない人」に聞いて教わるのは無理なことなのです。
「自分はあまり人とうまくいかない方だから、どういうものなのかよくわからないんだ」と自覚している人はかなり現実を見ている人です。
できもしないのに、その意味が分かっているかのように思っているのが「知った気になっている人」です。
そして「空気読む人」が、社会的には特に問題を起こすことなく生きながら、こうして大問題なことをしても「態度だけ問題ない風」にして乗り切っていこうとするのです。
皆さんも社会で、また夫婦の間などで、そのような場面を見たことがあるでしょう。
このように「現実を直視しない態度」でしらばっくれ続けて生きている人はいるのです。
その場を「やり過ごしたら」それでいいのです。
そのように生きている人は、この父親のような人と仲良くすればいいのです。
僕は真剣に生きていますが、真剣に人と接する気がない人が平気で「自分も真剣に接するのがいいと思っている」と嘘をついて生きています。
「そう思ってもらえればうまくいく」
「相手に気に入ってもらえればうまくいく」
この発想を持っている時点で、どのような関係、どのような相手を求めているのかはよくわかりますね。
自分が本気で生きていない、正直に接していないのに、寛容で優しい相手が自分の面倒を見てくれて、話を聞いてくれて…
「気づいてなかった、わかっていなかった」など、言い訳をすればいいと思っている、まさにこの父親そっくりな生き方をしている人などごまんとするのです。
娘は完全に親代わりをやらされています。
これが「親子逆転」です。
立場的に、保護者であり物理的には面倒を見ている父親が、心理的には完全に子供。娘を母親にして甘えた反応をして相手をしてもらっているのです。
本当に最悪の事件だなと思いました。
「重大事になった現実」に直面することもできず、なんでもないことのようにふるまっている父親。娘は今後も自分の存在に苦しんでいかねばならないでしょう。
しかし、このような親に育てられた人も、決して「そんな私をわかってくれる人」なんて求めて親そっくりにならないことです。
自分がやられたから、という理由で他人を虐待していいわけではないのです。
向こうでひどい目に遭ったなんてことは、こっちの人のせいではないし、確認もできない話を出して「いきなり特別扱い」をされることが可能になれば、世の中は「理由をつけてはいきなり特別扱いされたがる人」で溢れかえってしまいます。
決して許してはならないことです。
決して許してはならないことですから、自分に対してしっかりと見張りをつけてください。
許してはならないことを他人がしていたら、それを裁くわけではありません。我慢した経験があれば必ず他人に同じことをしたくなりますから、その時に自分を止めるのが自分自身の役目です。
そして悪事が蔓延していくのを止めるのです。
皆さんが心の中の神の味方をして負の魔物に打ち勝ち、決して怒りや憎しみを勝利させ、「正義だ!」と言いながら人を虐待して回ることのないよう僕は願っています。
そして、この手の会話をする人はもう手遅れなので、会話をしないのが一番です。
普通に会話して普通に関係を構築できる人は案外少ないですが、自分自身は勇気を持って本音で、本物の自分で生きることです。
それしか、僕たち人間にはできないのですから。