いじめている相手にもいい人だと思われたい、人を病気にする人 ~無料記事~
人をいじめているのに、嫌な思いをさせている相手に許してもらって生きようとする人がいます。
いじめながら「いい人」だと思われたいのです。
最初から自分を受け入れて好意的に見てくれる人をいじめます。
いじめをしているのは「弱いから」でしかありません。
いじめをしたら、相手が自分を嫌がって終わりです。
しかし「どんなにいじめても絡んでも困らせても、それでも自分を好きでいい人だと思ってくれる人」がほしいのです。
嫌がることはするけれど、でもそれには理由があって、そして他にものすごく尽くしたりもするから。
だから「嫌な部分はなんでもないこと」にしてもらいたいのです。不可能ですね。
嫌なことをされたという体験を積み重ねているのに、ご機嫌を取られても過去の記憶やその時の体験が変わるわけではありません。
「相手にとっていい人」になるには、嫌なことをせず、困らせなければいいのです。
しかし、困ったことにそれでは「自分が相手を好きになれない」のです。
普通なら許してくれないことを許してくれて、普通ならしてくれないことをしてくれて、それでやっと「好きになれる」のです。
つまりは自分の奴隷です。
自己中な人は「自分が嬉しいから相手が好き」だと思います。
そして好きな人には好かれたい、いい人だと思われたいのです。
しかし、自分が相手を好きになるために自分を押し付けていきますから、最初は自分に好意的だった人も段々自分から離れていきます。
他人を自分の方から追い出していくのです。
支配しようとすれば、相手は嫌がります。当然です。
支配しようとしている理由なんてどうでもいいです。
人間は自由が奪われたら確実に嫌になります。不幸になります。
我慢したら嫌いになりますから、自分を恨みたくないなら相手は諦めて離れていくしかありません。
自由を奪うことをやめないからです。
しかし自由を奪わないと幸せになれないのが、自分一人の幸せのために他人を犠牲にして喜んでいられる人です。
理不尽なことしか考えていない人は
「意地悪されたのに嫌じゃない人」
「殴られても痛くない人」
そのような人を求めています。
意地悪されて嫌な思いをしても、後から自分の事情を聞いたり、自分が喜ばせようとしてなにかしたくれたら、「機嫌を直してくれる」と思っているのです。


