◯◯になれれば幸せになれる ~無料記事~

 ◯◯になったら幸せになれる

 と思い込んでいる人は、その◯◯になれないから自分は不幸だとか、ダメなのだとか、または◯◯になったのに幸せになれないから誰のせいだとか、とにかく思い込みの世界で苦しんでいます。

 ◯◯になれば幸せになれる

 と言ったのは誰か?勝手に思い込んだのではないのか?

 確認は、確証は、人間ではない存在が言ったのか?

 未来のことはわかりませんが、これは現実です。

 事実のみで考えましょう。

 ◯◯になれば幸せになれる、と思い込んだ人は

 他人を妬んだ覚えがないでしょうか

 他人のものを欲しがると、自分も同じことをすれば「妬ましいなにか」が手に入ると勝手に思い込みます

 昔話によくある隣の家のおじいさんの例と同じです。

 人様のものを妬み、自分も同じものを得ようと画策した。

 今の自分にあるものが当たり前だと思わず、他人の幸せや努力も賛辞しない。

 なんでも自分のものだと思っていると、苦しむことになります。

 親のせい、社会のせい、何かのせいだと思う人は、自分自身には欲がなかったか、あわよくばの気持ち、楽したい、得したい、そんな気持ちがなかったかを考えなくてはいけません。

 結局、都合のいいことが起きればいい、自分さえ良ければいい、と思って生きている人は、どこまでいっても「あるわけない話」を鵜呑みにして楽して得しようとして破綻するからです。

 自分自身に後ろ暗いところはないか。

 楽して得したい、だから「この人に損してもらおう」と思って誰かを利用しなかったか。

 本当に悪事を平気で働く人は、善人がいたら「そいつに苦労を押し付けて楽しよう」という姿勢で生きています。

 それを悪いとも思わなければ、やめる気もありません。

 善良に生きる人の敵でしかありません。

 「他の人なら許してくれないことも、この人なら我慢してくれるだろう」

 この姿勢で生きる人が、他人に我慢を強い、苦しめ、本人も苦しんでいるのです。

 自分の身の程に常に相応しいものがやってくる、今の自分がたどり着くに可能な今しか生きることはできないのです。

 誰かに我慢をさせて夢を見ていた人は、夢を見れば見るほど自分を勘違いし、今も未来も苦しい状況にしていきます。