私をわかってほしい、と言う人が勘違いしていること ~無料記事~

 私をわかってくれる人さえいれば、その人が幸せにしてくれる———

 そんな夢のような幸せを求めている人が勘違いしていることがある。

 これは現実だ。

 もし、「私の気持ちをわかってくれる人」が現れて、自分を幸せにしたいと思える人がいたとしても、どうするかは誰が決めるのだろうか。

 まず、問題の軸となる存在が自分だ。私が中心なのだから当然だ。

 その私は、自分で事情を話している。まずそれが事実でなくてはならない。現実の状況の一部だからだ。

 そして、どうするか、誰が何をするか、それを決めるのは自分だということ。

 何をしてほしい!と願望だけ持っていてもしょうがない。現実にそれを叶えるならば、どうすればそれが叶うかは自分が考え、そして命じなくてはならない。

 「幸せにしたい」という願望を持つ人がいたとしても、その人が持てる力で可能なことを自分が考えなくてはならない。

 その人も人間で、出会う前から人生がある。相手の人生や未来、状況を把握し、その中で可能なことを考えなくてはならない。

 気持ちの話ではなく、形の話をしているのだから、自分が実行可能なことを自分で考えて決めなくてはならない。そしてその責任は自分にある、ということも忘れてはならない。

 私はこんなに可哀想、私はこんなにすごい人。

 そんなアピールはどうでもいい。これから行うことは仕事と同じだ。
 自分の目的のために他人が動くのだから、自分が仕事を任せているのと同じだ。