残念ながら時間が認識できない人もいる~無料記事~
残念ですが、真理は誰でも理解できるわけではありません。
人の身になる想像力や、時間の流れが認識できなくては理解できません。
特に、自分で結論を出すことができない人。これはもうどうにもなりません。
一人で考えて結論を出すことができないのです。
何度話しても無駄なのです。
他人のご機嫌によって動く人がいます。他人がご機嫌であればいいのです。
動物のような感覚のままなのです。
ですから、このような人は暴力的な人、支配的な人としかうまくいきません。
本人が我慢して支配されるしかない人間なのです。
優しい支配者というあり得ない存在を求めています。そんな人はいません。
他人と一緒にやっていくならば、命じられなくても自分の判断で動ける力が必要です。
他人を動かすためではなく、自分の道は自分で決めて一人で進む能力が必要です。
しかし、考えることができないのです。
誰かに面倒を見てもらいながら生きる、その道しか考えておらず、これからもずっと支配されて生きる気しかないのです。
支配されたら人生はおしまいです。
自由を奪われないように抵抗し、一人の道を進む。それが成長していくということです。
しかし、依存したまま支配者に優しくなってもらうために我慢する。
それしかやる気がないのです。もう人生はおしまいです。
支配されては未来に希望なんて生まれません。
いつかはきっと、誰かがきっと。
これはもう「未来が無くなっている」ということでしかありません。
支配されたら終わり、という感覚もないのです。
深く考えることもしません。
人の身にもなりません。
頭の中で行うことは、何もしないのです。
常に最後には他人に話して聞かせて、これでいいかどうか、判断してもらうのです。
だから奴隷なのです。
こんな人も存在するのかと思うと憐れになることがあります。
妄想恋愛ストーカー女子と呼んでいる人がそうです。
怒鳴り散らしてヒステリーを起こしたり、黙って不機嫌になったり、暴力を振るったり。
そんな風に形に出して嫌なことをしないと、機嫌が悪くない、いつも通りであれば「大丈夫」だと思うのです。
言って聞かせても全く無駄でした。
「これが続くならば無理、これはできない」
そんな話を何度もしましたが、何も直りませんでした。
会話している内容は、会話して終わりだと思っているのです。
冷静に、優しく説いても無駄なのです。支配力で無理やり従わせるしかない人なのです。
ただ、僕のように考えて話して解決している人もいます。
本当に仲のいい家族はみなそうです。きちんと意思の疎通を図れますから、全員が意思を持っています。
その力がないのです。だから動物的に、その場その場になるのです。
話している内容は本人にとっては「気分」でしかないのです。意味がある言葉を話せないし、意味がある内容として聞けない、つまり考えられないのです。
命令、要求、そうとしかとらえないのです。自分が命じられて誰かの言葉のままに生きているからです。
普通に考えられる人はわかります。
本当に困ることがあっても、きちんと話して説明すればわかるだろうと思っています。
そして、話したらあとは本人が考えて、現状を理解して改善していくのです。
ところがバラバラでしか考えず、仲間意識がゼロの人は認識が違うのです。
「私がいい人かどうか」それだけで世の中が回ると思っているのです。
一緒にやっていくにあたり、誰かが我慢している関係では続かないです。
自分が相手に負担をかけてないか、我慢させていないか、それは自分で考えるものです。
言葉にして「このままでは無理だから」と言われた時はかなりピンチの時です。
きちんと話したら、相手は自分がどうするか見ています。
自分の自由だからです。相手と共にやっていきたいならば、理解してバランスを取れるようにするでしょう。
強要はしません。自分がやりたくないならやらないし、やりたいならやる。
行動が答えです。
僕も何度か同じ話をして、妄想恋愛ストーカー女子がどうするかずっと耐えていつも通りに接して見ていました。
しかし彼女は、こんなにしてくれるのは僕だけだとか、僕はすごいとか優しいとか、そんなことばかり言っていました。
すっかり忘れているのです。
あれだけ言っていたのに、それでも変わらず優しくしてくれるなんて…と思うからこう言うのです。
「どうして私にこんなに優しくしてくれるの?」
あれだけ無理だこれは嫌だと言っているのに、どうして優しくするのか、私のことがそんなに大事なのかとか、そんなことを思うのです。
それが普通です。人間だと思っているから強要はしないし、冷静に話して理解してもらうのは当たり前です。
そして今ここに一緒にいる以上、不機嫌になっても仕方ないです。
だから僕も最後まで耐えました。これ以上耐えられないほど耐えました。
忍耐力がものすごく高くなったと思います。
最後は諦めました。勿論黙っています。何度も同じことを話しているのですから、余程僕が耐え難い気持ちに耐えているのだというのは、僕の身になればわかるからです。
しかし、彼女は違いました。
動物並みの認識なのです。
ショックを受ける人もいるでしょうし、僕も最初はショックでした。
蔑ろにされているわけですから、ショックはショックです。
しかしその後、「脳が発達していないから、動物と同じレベルなのだ」と知りました。
人間の言語は覚えても、「会話」というものが理解できるまで発達しなかったのです。
幼児並みの理解で成長が止まりました。あとはもう衰えるだけです。
何度言っても無駄ならば諦めるしかないのです。
最後までいつも通りの態度で、分け隔てなく接しました。
彼女は自分が意地悪をする人なので、気に入らないなら態度に出す、責める、怒鳴る、黙る、などがあると思っているのです。
つまり、僕のことを考えるのが面倒なので、表面だけで理解しているのです。
考えずとも、人間の気持ちは態度でわかる。それが彼女の家族の常識なのです。
「まだ終わりになっていない」
これが耐えている理由です。
「最期まで同じ態度で、途中で放り出すことのないように」
僕は自分に言い聞かせて、どんなに腹が立っても耐えました。
自分の在り方を大事にしていたからです。
気の毒に思うのです。
あの理解力の時に感じる喜びは、本当に大したものではありません。
欲しいものが手に入る。してほしいことをしてもらう。
その時だけ「やったー!」と喜ぶ。
そしてまた「じゃあ次は」と次の欲が出てくる。
あの時期の喜びは大して感じないものです。
もっと精神的に成長していけば、「こんなに強く感じるものなのか!」と驚くほど強い感覚を体感することになります。
その時こそ、普通に話しているのに、感動して涙が出てくる、なんて経験をするのです。
それもどんどんランクが上がり、どんどん些細なことでも悲しみや喜びを実感するのです。
強く強く感じるようになります。
そして、大して感じない時のように感情に合わせて態度に表さなくなります。
状況も経緯もすべてを理解して、笑顔を見ても悲しんでいるとわかる。
そんな風になります。
妄想恋愛ストーカー女子は、もう無理な人でした。
ちょっと不安になればすぐ人に安心させてもらいに走る。
落ち着いていられないのです。
常に介護のような人が必要です。
命じる人が近くにいて支配してくれないと、生きて行けないのです。
支配された時、人生はおしまいです。
我慢して言うことを聞いていればいつかきっといいこと、なんてありません。
彼女はこれが本物の世界だと気づいていませんでした。
これが現実の世界だから誰も動かせないということ。
それがわからない人でした。
「だって動いたよ」と思っているでしょう。
しつこくせがんで脅して言うことを聞かせたのです。
思い通りになった!と思うのです。
結果思い通りになった。だったら同じだ、なのです。
脅して付き合った場合と、自然と付き合った場合、どっちも「付き合ったんだから好きで愛情がある」と思っているのです。
この違いが本当にわからないのです。
しつこくせがんでお付き合い、という時点でもうおかしいとわからないのです。
向こうから自然に好意を寄せなくては本物ではありません。
ご機嫌を取ったり媚びたりしてもダメ。脅してもしつこくしてもダメ。
本物ですから。
「自分にはそんなこと起きないから、言うこと聞いてくれそうな人を捕まえよう」
これが彼女の発想ですが、自分にはそんなことは起きないけど、起きてほしい、と思うならば自分自身が変化していくしかないのです。
最初から成長して変化することを断念しているのです。
彼女は欲しいものが買えて楽が出来ればいい、本当に動物のような人です。
精神面での自分がまったく気になっておらず、自分の性格を自分で気にしていません。
なんでもいいから、このまんまで優しくしてくれる人がいればいいや、と思っているのです。
それが、彼女の人生なのだなと思うと気の毒なのです。
本人は体験がないのでわかっていませんが、大した喜びは感じられないまま死んでいくことになります。
僕も最初は自分が感じている感覚がすべてだと思っていました。
「こんな感覚があるなんて!」と感動したものです。
それを知らないまま死んでいく方が気の毒だと思います。
彼女はどちらにせよ形あるものにしか興味がないので、気にもしないでしょう。
ただ、常に我慢して生きていくしかないのですから、常に欲求不満でもあるでしょう。
ずっと自分のことを聞いてくれればなんでもいい。
ずっと誰かに聞いてもらっていれば安心。
ずっと三歳のままで生きてきたいのです。
僕は京都の弟には色々してきていますが、似たような他人なら絶対に無理です。
あの子は13歳の頃から見ているので、僕も慣れているし様子でわかるから大丈夫なのです。
形あるものだけもらいたい人は、誰かの面倒を見ているとか、妄想恋愛ストーカー女子の話を聞くと「この人はそんなことしてくれるんだ」と思うのです。
そのくらい理解できないのです。
何かくれる人を求めているだけの、本当にただの動物みたいな人なのです。
相手に合わせたやり取りにしかなりませんから、本当に幼稚園児と話しているかのような会話「しか」できないです。
意志ある人と話している時とはまるで違う会話が繰り広げられます。
ちゃんと返事をしたり、人のことを考えたりできないので、会話はどうしてもそうなるのです。
自分のレベルでしか返事をできないし理解できないのですから、当然です。
「相手役が自分」という時点で、自分レベルにしかならないのです。
それすらわからないから、「できるだけレベルが高い人にくっついていこう」と思うのです。
わかる人は少ないですが、考えられる人は考えることをやめないでください。
道理は説いても理解できる人は少ないです。
本当に驚くほど少なくて、スマナサーラ長老が日本に来て絶望したというのもわかります。
僕は誰かと共に力を合わせて生きていきたい人間なので、自分の後ろをくっついて来ようとする人は嫌いです。
そうしたタイプの妄想恋愛女子にも出会いましたが、いつもいつも後出しでこっちは引率しているようで、結構疲れます。
子供を連れているようなものですから。
「中身がダメならどうあってもダメ」
人格は人生にも人間関係にも「関係ある」とわからず、相手が許してくれればうまくいく、と思っている。
それが、支配されて生きる道を自ら選んでいる人なのです。
支配されたらすべては終わり。
支配から脱するためには勇気が必要なのです。
どうなるかわからない不安を乗り越えて進み続ける勇気です。
どうなるかわからないのは不安だから、誰かに従って生きていこう、と決めてしまったら、もう自分で人生を計画して未来に希望を生み出すなんてことは、不可能なのです。

