他人をガン無視するのはなぜ?機能不全家族で育つと受け答えができない ~無料記事~

 実際には「お芝居で家族をやっている」

 そんな家族の中で育つと、どうやら受け答えはできないようです。

 今日、京都の弟がうちに来たんですよ。

 布団が余っていないかと言うので、たまたま本当に偶然ですが、ひとつ余っていたので取りにきたのです。

 弟、と言っても実の弟ではないです。ここの説明は割愛しますが、13歳の頃から色々面倒を見ている今は今年29歳になる青年です。

 いつも通りなので気にはしていませんが、会話していて気づきました。

 「受け答えをしない」

 だから会話が進まないのです。これ、相当重要なところだなと思ったので書いています。

 僕が弟に対してどう思っているのかを話しました。

 「大したことはできないけど、兄ちゃんもできることはやるからまた何かあれば言ってこい」と言いました。

 ずっと見てきているから、今のお前がどういう状況になっていても、兄ちゃんはそんなことは気にしない、お前は浮いても沈んでもどんなときでもお前なんだから、と、そんな話をしました。

 弟は黙って聞いていました。

 様子を見ていれば、少なくとも僕の言うことに対しては嬉しい気持ちになっているのはわかります。

 よく目を見ていればわかりますが、様子としては黙って聞いているだけです。

 自分の中では思うことがあり、自分一人で気分を感じてはいるのです。

 すると、次に言うことがまるで関係ない話なのです。

 「最近は俺もねえ…」

 自分についての話が始まります。

 弟は、「僕を無視している」とはまったく思っていませんが、これが無視というものです。

 受け答えをしないのです。

 そして、「困っていたらまた言ってこい」のあとの話が「最近は色々うまくいっていて問題ない」なのです。

 これが、受け答えになります。

 つまり「特に助けは必要ない」と言っているのです。そういうことになります。

 僕だからわかるのであって、他の人がこの会話をしていたら、

 「別に必要ないんだ」

 と思うのが普通でしょう。実際、そういう内容の返事になります。

 黙って聞いていたのですから、次に話しだしたことが「返事」ということになります。

 ただ、弟はそんなつもりはないでしょう。

 僕も他の人ならそうは思わないですが、弟の場合は付き合いが長いのでそんなことは思わないです。

 自分のことを聞かせた。そして僕が自分についてどう思っているか聞かせてくれた。

 満足。

 いつもいつも、見返りをもらっている気分で人の話を聞いているのです。

 反応ほしさに話をしているのでそのような解釈になるのです。

 毎度会話が続くことはありません。

 もし、普通に会話が進むならば、僕の話の後でたとえばこんな答え方をします。

 「兄ちゃんありがとう、実は他にも必要なものがあって、これも余ってないかな。」

 「じゃあ、また何かあったら電話するよ。いつもありがとう。」

 こんな感じです。

 僕が話す、その受け答えを弟がする。

 特に前者の場合は、今家にいるのですから「ちょっと探してみる」とか「余ってるよ」とか、そんな流れが生まれて発展するのです。
 
 弟は常に自分の話を聞いてほしいだけなのです。そしてそれに対する反応が欲しいのです。

 だから会話にはならないのです。

 コミュニケーション能力が本当に幼児のままなのです。

 実は僕が子供の頃もこの状態でした。自分で気づきました。

 「ずっと友達を無視して返事をしていなかった!」と気づきました。

 ちゃんと今聞いて、今考えて、今受け答えをする。

 慌ててやりはじめると、特に、僕が好きだった友達とはどんどん会話が発展しました。

 「会話が発展」という感覚がなかったのです。僕の家族の中では皆無でした。

 なぜならば「母が言うことを聞かせたいだけの人だから」です。

 親が幼児だと、こういう事態になってしまうんですよ。

 僕が好きだった友達は「僕が返事をするのを毎回待っていた」のに「僕に無視されていた」のです。

 それなのに僕は「僕は嫌われたんだ」なんて勝手に思っていたのです。

 僕が自分一人の思い通りにしようとしていたので、友達と会話するなんてことは「どうでもよかった」のです。思い通りにしてくれればそれでいいからです。

 今ここで何が起きるかなんてことはどうでもよく、僕がそれ以前に望んでいたことをなんとかしてやらせることが重要だったのです。

 ちなみに、こういう人多いですよ。

 「絶対に会話しない人」です。

 お互いの話が一方通行の1ターンなのです。

 幼児と同じです。それぞれが好き勝手に「言いたいことを言うだけ」なのです。

 だから発展はしないのです。

 何が起きるか「決めよう」としているのですから、「何が起きているかはどうでもいい」のです。

 リアルタイムで起きることはどうでもよくて、自然にどう発展するかもどうでもいいのです。

 そんなことより過去の恨み。他人に勝つ方が大事なのです。

 神経症の人は人間が嫌いなので、あえて無視しているのかもしれません。

 結局、無視して受け答えしなかった、遠回しな返事(次に続いて話しだしたことが返事)をした、どちらかになります。

 妄想恋愛ストーカー女子の中で、僕に返事をした人なんてひとりもいません。

 いつもいつも無視されましたよ。ずっと返事もせずに無視してくるのに、やたら「すごいところ」を見せて尊敬されようとするのです。

 だから一緒にいるとたった一人の観客として孤独になるから、本当に一人でいた方がまだマシなのです。

 一方的に何かを見せられ、何かをされ、僕は誘導されるために存在しているただの傀儡だからです。

 彼女たちは僕のことは好きでもなんでもなく無関心でした。

 本当に僕と会話する気はなかったのです。会話をすれば本物の関係が発展します。本物の何かが発展します。

 それが「要らない」から返事をしないのです。自分でもう未来を決めているのですから、それ以外はどうでもいい、つまり現実はどうでもいいのです。

 ただ、京都の弟は違います。長い付き合いですから、それはわかっています。

 よく目を見ていないとさすがに気持ちはわからないです。

 自分の話はよくしますけど、他人への返事はしない子なので、様子はこちらがよく見て、次の話と合わせて何を思ったのかを推測しなくてはなりません。

 健全な人との会話はもっと簡単です。

 受け答えするからです。言葉で返事を伝えてくれるし、感情をいちいち隠さないのでものすごく楽です。

 嬉しいことがあっても自分一人で気分を味わい、そして返事をしない。

 それは、やらせたいことがあるからです。

 だから、点々で、一回一回、自分の思い描くルートに沿って進むように、少なくとも自分は進んでいると思えて嬉しくなれるように、相手には返事をせず、実際の関係は発展しないように食い止めつつ

 「望んだゴールに向かって無理矢理でも引きずっていく」

 これが、妄想恋愛ストーカー女子たちのやり方でした。

 普通に恋人同士になるなら、普通になれていたでしょうね。

 ただ、彼女たちは本物の恋人同士になりたいわけではなく、あくまでも「親に復讐したい」のですから関係ないのです。

 恋人という関係を利用して、親を懲らしめにいきたいだけ。

 だから「可哀想な人たちだ」と僕は思っています。

 結局、誰も好きにならなかったんですよね。好きな人がいたら、好きな人と本物の関係を発展させたいと思うものです。

 しかも僕は何年一緒にいても完全に無視で、一度も今言ったことを今考えて今返事をしてもらったことなどありません。

 自分一人で未来を決めたらもう相手と本物の発展はありえません。

 「理想の形になるかどうか」が大事な人にとっては、気持ちがある本物、なんてものには価値がないのです。

 京都の弟は今精神を病んでいますが、弟は今書いたことについてはよくわかっていないだけです。

 尋常ではないおかしな親の元で育ってきましたから、勿論今もおかしなことばかり親はしてくるのですが、本物の会話をしたことがないのです。

 わからないのです。

 たまたま、今日一緒にいて気づきました。

 「そういえば僕も子供の頃、同じようにしていたなあ」と。

 またしてもすっかり忘れていましたね。

 僕はやろうと思えばできました。頭の回転は速かったですから。

 ただ、それでもぼやーっと人の話を聞いているだけだった時と比べたら「大変」でした。

 それまでは聞き流しで聞いていましたから、「自分が受け答えを 今 しなくてはならない本物なのだ」と自覚したら、考えなくてはならいないので大変なのです。

 今はじめて言われている他人からの言葉。

 今、伝えてきているのですから、今、本物の僕が考えなくてはなりません。

 大慌てでしたね。でも返事をずっと待っていてくれた子とはどんどん仲良くなっていきました。

 懐かしい話です。もう四十年も前の話です。

 あのままだったら大惨事でした。

 

 会話はリアルタイムで進みます。

 リアルタイムで今言われていることは、はじめて聞いていることなので今考えて今返事をしなくてはなりません。

 過去の話など聞かせている場合ではないのです。