自分は何も悪くない、として… あなたはこれができているか~無料記事~

 自分には理由があると知っているので、自分が悪者だと思っている人はいません。

 人間は自分の人生を生きる主人公ですから、主人公は悪者にはなりません。

 では、他人はどうでしょうか。

 他人と共存していくためには、他人を悪者にせずに生きる必要があります。

 あなたが自分を悪者にしてくる人がいたら、あなたは離れるしか無くなります。

 争って支配するか、敵対して追い出すか、とにかく一度悪者にしたらそれ以降は敵です。

 相手が悪者になるのは自分の中の敵意です。怒りと憎しみが湧いてきたらもう相手は敵です。

 友達や夫婦、親子などの関係は敵対関係を指す言葉ではありません。

 自分次第でどうなるかが決まるものです。

 敵対する友人、なんてものはありません。

 中身が作れるかどうかは自分次第です。

 自分が敵意を持たずに他人と接することができて、関係は良好に保たれます。

 自分と同じように他人も主人公です。人の身になって考えればその気持ちはわかります。

 考えてから評価なんてことはありません。実在している人間ですから。

 誰のことも悪者にしない、それができるかどうか。それで仲間になれるかどうか決まります。

 他人を主人公として扱えるかです。

 悪者にされても嫌われてもなんでもいいのは自分だけです。

 自分のことは悪者にせずに済むのですから、他人にどう扱われたところでそんなことはどうでもいいのです。

 自分が、人を悪者にせずに心の中で人の身を考えられるかどうか。

 それだけが自分に選べることです。

 敵意が起きるならば、相手から見て自分は敵になると覚悟しなくてはなりません。

 敵意をぶつけられ責められるならば、潔く相手の世界を去っていくしかありません。

 敵はいなくなるのみです。

 相手が仲間だと認めないのですから、それでいいのです。

 一度悪者にされたならば、謝ったり改善したりしても意味はないのです。

 相手に認められて存在できるならば、それは罪人なのです。後から言われた通りに直したところで、それは元々存在した自分ではありません。

 自分自身が気づいて改善したならばともかく、「自分には理由があるんだ」と思って納得できないならば、もう相手にとって自分は不要な存在なのです。

 存在できない世界からは、出ていけばいいのです。それしかないのですから。

 人の存在を認めるか認めないかは、本人が決めます。

 認めない他人は自分の世界から消えていくのが当然です。

 ですから、自分が悪者にしない人だけが自分の周りに残り、かつ自分を悪者だと敵視しなかった人だけが一緒に進んでいけるのです。

 自分は悪くない、理由がある、それはいいのです。誰でもそうですから。

 では他人は?

 そこが誰かと共存していくためには非常に重要なのです。