心通う関係になれるかどうかは最初から決まっている ~無料記事~

 この状態の人に自分の気持ちを理解してもらうことは無理です。というお話。

 心通う関係になるためには、まず「心も同時に存在している」と最初からわかっていて付き合いが始まらなくてはなりません。

 認知能力の問題です。説明してわかるものではないので、わかるように説明しろと言われて頑張って説明しても無駄です。

 「最初から」自分以外の人間が存在している世界に生きている人同士が関わりを始めなくては、僕が今まで例に出してきたような友情や愛情は育ちません。互いに心ある存在として成り立っているから可能になることなのです。

 最初から他人の心がいない世界に生きている人は、途中で何を頑張って説明しても訴えても「存在しないもの」のことなどわからないのでその場で口喧嘩になったり言葉のやり取りだけで解決したり、現実には何も変わらない平行線になります。

 「気持ちを理解してもらう」は「心の存在が他人にもある」とわかっていて成立することです。
 心を開いて生きている人でなくては駄目なのです。
 心のなかで「迎えを待っている人」は、実在の人間を安心できる形にしようと頑張っています。心の存在など心の中に迎えに行くことができる人はいません。だから誰に期待しようが誰とでも破綻します。

 心の世界に本人が出ていかないからいつまでも待っていることになるのですが、「ここは現実の世界だ、全員人間だ」と気付かないまま生きる人もいるのです。

 自分の心の中に閉じこもり、「心の世界」には出ていかないのです。肉体は黙っていても他人と共存できますが、精神は心の世界に自ら出ていかねば他人の心と触れ合うことはできません。

 ですから、以下の図にある「他人には心がないと思っている人」を相手にした場合は、少しずつ仲良くなるとか、誤解を解くとか、心通う体験をするとか、それら全ては「不可能」です。

 口だけのやり取りを続け、形だけの付き合いをすることになるでしょう。

 人と親しくなるにはまず心ある人間がいなくてはなりません。
 「私にしか心がない」と思って生きている人は、通わせる「他人の心」の存在を認識せずに生きているのですから、最初から不可能なのです。

 言葉はただ言葉としてしか理解できていないので、何かを説明してもまったく理解したり気づいたりはできません。

 「こう言われたから、こう言おう」

 言葉には言葉で返せばいい、と思っているのが、心の中の相手、思考している存在がいるとわかっていない人なのです。
 表面上の態度や行動「のみ」変えさせるために、表面上の行動や言葉だけを使い相手を操作しようとします。
 他人の心がない世界を生きているのですから、見えるものが全てということになってしまいます。そうなると見える部分を監視したくなるのです。誰の心も分からないので不安になるのです。

 心があるとすら思っていないので、暴言を吐いても相手が穏やかな態度であれば「怒ってない」と思います。怒っていないから平気なんだ、と思うのです。
 表面でしか理解できないので、表面的なことに過剰に反応するのです。

 生まれつき、と言ってもいいと思いますが、後からどうにもならないものです。
 説明してわかる人はいいのですが、他人の存在を認知していない人には理解は不可能です。