人間と仲良くなりたかった、仲良くなれたから幸せ ~無料記事~

 僕は生まれた時から両親やそのまた両親が憎しみ合っていて、誰も仲良くしていない家族に生まれました。

 家の中では人間と仲良くなりたくても、誰も仲良くしてくれません。
 仲良くならないどころか、気に入らないことをすると猛烈に批判されます。

 仲間外れにされたり、バカにされたり、殴られたり罵声を浴びせられ続けたり、とにかく仲良くしてくれませんでした。
 僕は人間と仲良くなりたかったのですが、どんなに仲良くなろうと頑張っても家族は誰も僕と仲良くなろうとしてくれなかったので、なれませんでした。

 それはそれで仕方ないです。仲良くなりたくないのですから。
 仲良くなりたくもない奴に、仲良くなろうと無理やり強制されても気持ちがないのだからどうしようもありません。

 「仲良くなりたい」という気持ちがあって、仲良くなろうと努力できます。

 僕は本当に家族とは仲良くなりたかったので努力していましたが、嫌がる家族を相手に無理やり仲良くなろうとすると、自分への仕打ちに段々と親や家族が憎くなっていきました。

 純粋に仲良くしたい、という気持ちが無くなったら、もう終わりです。
 僕の中に心から仲良くなりたいという気持ちがなければ、どうにもなりません。

 はじめこそ親を恨み始めましたが、そんなことのために時間を費やしていたら人間と仲良くなれないので、諦めました。

 あの子が気に入らないとか、自分が一番になりたいとか、そんなくだらないことをしている暇は僕にはありませんでした。

 それは、元々の目的が「人間と仲良くなりたい」だったからです。

 だから、自分が望んでいることのために努力しました。
 相手は他人ですから、親同様に冷たい扱いをされることも、バカにされることもあります。

 僕と仲良くしたくないのは相手の自由ですし、家族でもないのだからそこまで酷いことではないです。
 何より、僕が誰とでも仲良くなりたがっていたのは「うちの家族が仲良くないから」という個人的な理由があるせいですから、既に家族がいてもう仲良くしている仲間がいる人にとってはそこまで人間と仲良くなろうとしていなくても不思議はありません。

 元々家族が仲良くしてくれなかった僕は、自ら努力しなくては誰とも仲良くなれないまま死んでいくしかありません。
 ただでさえ、大人になればビジネスの付き合いのように仲良くなるならないは関係なく目的があって集まるだけの場が増えます。
 それはそれで必要なことがあるから集まっているので、必要なことができる人材がいればいいだけなので当然のことです。

 人材としての自分はいくつになっても必要とされる場があるでしょう。
 しかし、それは家族のように個人的に好きで一緒にいる場ではありません。

 僕はどうしても人間と仲良くなりたいと思っていました。
 生きていくために人材としての働きをするのは当たり前としても、それ以外にこのままでは「何もない」からです。
 どんなに欲しいものを買っても、仲良くしている家族がいない僕にはモノでは埋められない寂しさがありました。

 「仲良くしている人間が誰もいない」

 最初からですが、それがとても寂しいと思っていました。
 これからずっと、一人で生きていくんだなと未来を想像した時、どうせ最後には死ぬとしても、せめて友達や恋人、できれば家族と仲良くした思い出が欲しいと思いました。