有無同然。ブッダの説いた言葉です。
苦しんでいる人は何かが無いから苦しいのだと思っています。
しかし、実際にはどうでしょうか。
お金がないから苦しいのだと思い、誰かに金銭を工面してもらって幸せになったでしょうか?
学歴・肩書がないから苦しいのだと思い、有名大学を出て一流企業で管理職についたら、幸せになったでしょうか?
独り者だから苦しいのだと思い、誰かと夫婦になったら幸せになったでしょうか?
子供が無いから苦しいのだと思い、子が生まれたら幸せになったでしょうか?
見た目が良くないから苦しいのだと思い、見た目に磨きをかけて注目されるようになったら幸せになったでしょうか?
何があっても不幸な人は不幸です。
心の中にあるものに気づかない限り、何があっても無くても変わらないのです。
有無同然。全ては心の中にあるのです。
かつて、ホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領は来日した際にこうお話されていました。
「先進国家の人々の方が恵まれているのに、幸せとは何かと苦しんでいる。」
当然なのだと思います。
先進国の人々は、「幸せになるために」と思い込んで「ないものを埋める」努力をし続けました。
より便利に、より裕福に、より多くのものを。
無いものを次々埋めようとする精神は餓鬼のものです。
得れば得るほどもっと欲しくなるのです。
当初は「誰か傍にいてくれる人さえいれば…」と思っていても、いざ誰かと結婚すれば、今度は「こんな人と一緒にいるなんて耐えられない!」と一人になりたがるのです。
ならば最初から一人で良かったのです。
そして、問題はそこではないのです。
「無い」という苦しみを取り除くために得た物は、苦しみを埋めるためだけに存在させたものです。
「無い」という苦が無くなれば、今度は「有る」という苦しみが待っているのです。
ですから、苦しみの元はそこではないのです。
無いならば無いなりの、有れば有ったなりの苦があります。
苦しみは消すのではなく、受け入れて共に分かち合うものです。
喜びも苦しみも分かち合う生き方こそ、人間同士が平和に共存していく道です。
自分だけが、と思う利己的な考え方は、より大きな苦しみしか生み出さないのです。
有無同然。
有っても無くても、同じことなのです。
心の闇を切り裂くことだけが、真の幸せへの道です。