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今年は質素なクリスマス ~無料記事~

 皆さん、メリークリスマス!

 いつもありがとうございます。最近は体調不良等で皆さんにもご迷惑をおかけしておりますが、我が家は至って平和でございます。

 今年はクリスマスパーティー、と呼ぶには質素なクリスマスですが、娘と二人で休みの日にパーティーしました。

 色々やってみて、今はここに落ち着いたといった感じです。

 昨年は飲食店勤務の娘も仕事が忙しく、更には二人とも風邪をひき、僕の方は高熱も出ましたが咳や体調不良が2月まで続くという状況でしたので、ろくに準備もせずクリスマスもよく覚えていないほどでした。

 昨年はとっても残念だったので、今年は質素ながら家の中もあちこちクリスマスの飾りつけをして楽しい気分を味わいました。

 飾りつけの風船がとにかく沢山あったので、膨らませているのは殆ど僕なのですが、娘と深夜までせっせと作っていました。今年は早めにやろう!ということで12月に入ってすぐに準備しました。

 クリスマスツリーにはうちの生徒たちがくれた飾りもついています。教室に来てくれていたみんながくれたものも、全部毎回飾っています。今年も増えましたが、ピックアップして写真を撮っていないので今回は全体像で。

 みんな覚えているかなーと毎回思います。ちなみにかつて生徒のラッキーがくれたフクロウは、千葉に来てもうちの玄関でかつてと同じように皆さんを待っています。

今年はこの通り、とても質素でパーティーと呼ぶほどの支度もしていません。

 娘が食べたいと言ったチキンソテーを作り、いくらでも食べられるように肉は2キロ用意していましたがそんなに食べられず、写真に写っているものでお腹いっぱいになりました。
 いか墨パスタも食べたことがないというので用意しましたが、実はレトルトです。一応、経験として食べさせておこうと思っただけなので一人前を分けています。
 バーニャカウダソースを久々に作りましたが、僕はバーニャカウダ大好きなので嬉しかったです。
 パーティーと呼ぶ日ならば、いつもはこれにカプレーゼやアヒージョ、ニョッキやグリッシーニ、スープなどもっと用意しますが、なにせ今回はふたりだけなので、質素です。しかしパンは忘れました。ガーリックトーストかバゲットを用意すれば良かったです。食べていても非常に足りない感がありました。そもそもアヒージョなんて普段食べているものだから、パーティーの時にわざわざ作る感じでもありません。もっとレパートリーを増やして面倒くさがらずに作らなくてはなりませんね。「うどん打ちたい」とか思っていましたが、それ以前に身につけなくてはならないものがありましたね。

 今年も娘が買ってきたスポンジでケーキを作ってくれました。超簡単ケーキですが、十分美味しいし、とっても楽しいので家で作ることにしました。
 クリスマスケーキの値段もどんどん上がっていますので、これでたった1,000円程度なので本当にお安い、質素で美味しいケーキです。
 最近はJKケーキなるものがあるそうで、買ってきたスポンジと絞るだけのクリームで友達と好きなものを飾り付けてパーティーするそうです。はじめて聞きましたが、とても楽しそう!娘とも今度は好きなものを買ってきて飾り付けようと話していました。

 ティーカップはいつものお気に入りです。うちで使ったことがある生徒たちもいますが、相変わらずです。紅茶はマリアージュフレールの紅茶です。マリアージュフレールの紅茶は以前相談に来てくださった方にもいただきましたが、今回淹れたものも友人にプレゼントしてもらったもので、本当にありがたい限りです。

 そして、今回はかずさスモークさんの燻製ステーキソースを使いました。
 ステーキ用の燻製醤油ソースです。燻製の肉を食べているかのよう!僕が大好きなかずさスモークさんの商品のひとつですが、千葉県のメーカーなのでちーば君関係の品も作っておられます。色々あるんですが、僕は燻製マヨネーズが特に好きです。
 燻製って高いんですけど、かずさスモークさんの「どれか」をかければ、簡単になんでも燻製の味です。ほんと便利。
 社長が試行錯誤して作っておられるので、見た目にも超カッコいいバーにありそうなシロップなど豊富な品ぞろえです。ここまで書いたらリンクを貼らないと駄目ですね。

 かずさスモークはこちら

 これはクリスマスとは関係のない、僕のある日の一人飯です。いつもこんな感じです。麺類ばっか。これはワインがあるので夜ですね。
 生パスタを買ってきて、一人で食べていた寂しくも美味しい夕食です。真ん中に生卵がのっています。これがとっても美味しいのです。美味しさの秘訣!
 ところで、袋のインスタントラーメンって、常時20食くらいは備蓄しているものだと思っていましたが、全くない、という人もいると最近知りました。本当に?カッコつけてない?インスタントラーメンがないのに、どうやって何もない時に食事するの?生きていける?心配な話です。一人暮らしなら猶更、インスタントラーメン無しとかありえないでしょう。うちの娘が「スーパー戦隊を子供の頃から見たことがない」という人がいると知り、「そんな日本人がいるのか!」と驚いていましたが、それくらい驚きでした。

 なにはともあれ、我が家はとても平和です。

 僕は本当に幸せになれたなと思います。特にこれということは何もないのですが、ただ家族と一緒に生きていて、日々楽しいです。

 辛いことや悩むことは沢山ありますが、それでもこうして親子一緒に楽しくクリスマスを過ごし、これからも頭を抱え問題は多々あるものの、地獄のような過去を思い返せば「こんな風に人生は変わっていくものなのだ」と満足しています。

 生きているから、幸せだと感じられるのだなと、子供の頃に妄想して待っていた「夢のような世界」など微塵もないのに、今は幸せです。

 誰かが思い通りのことをしてくれたり、自分の妄想していた夢が叶ったり、人より多くを得たり、特別なことがないと幸せになれないと思ってもがいていた頃は、本当に地獄でした。

 皆さんにも、今からはじまる「なんにもないしあわせ」を体験してもらえるよう、今後も力を尽くします。

 幸せはなったもの勝ちで、自分が満足したら他人のことなど気にならなくなるのです。

 それまではなんの喜びも感じなかったことに、喜びを感じる。

 そんな自分に変われた時に、すぐ幸せになれます。

今すぐ苦しみを脱したい人へ「戦うべき相手は誰なのか?」YouTubeより

 子供の頃に、生きるのが苦しくて辛いことばかりだったので、いますぐどうしてもそれを脱したくて脱しました。

 一体どうすればいいのか?

 精神世界の戦いについてお話しています。

 殆どの人は、幼い頃から瞑想や修行を積まないようなのですが、確実に必要なことなので精神向上は社会で認めてもらってできるものではないと忘れないでください。

 お金をもらって精神が向上するならば、お金持ちはみんな徳の高い人になっています。

 権力者に心が清くない人などいない、という世界になっているはずです。

 そうなっていないのは、俗世の常識や仕組みは精神世界を堕落させるものに溢れているからです。

 

生成AI頼りにした子供たち、半数超が誤回答 ~無料記事~

 こういう事例もこれから出てくるんだろうな、と思ったニュース。

 昨年の話なのでご存知の方もいるかもしれません。

 詳細は以下の記事に書かれています。

中学1年生250人の半数超、理科の課題で同じ間違い…教諭の違和感の正体は生成AIの「誤答」 : 読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20240306-OYT1T50080/

 出された問題を調べるためにネットを使い、ネットの検索で出てきたAIが生成した回答(最近検索すると勝手に出てくるやつ)を参考にしたため、多くの生徒が間違ったというよりズレた回答をしてきたよという話なのです。

 こんなことがあるのか、と僕が驚いたのは、間違った内容であったことよりもAIが回答している内容は質問への回答としてもどこか違和感があるのに、自分の質問への返答だと思い込んでしまうとまるで会話しているかのように信じてしまうのだという点です。

 AIは海外でも問題になっています。

 自殺や他殺を助長してしまうやり取りをしたり、質問した人をネガティブな方向に引きずる流れを作っていくからです。

 実際に事件が起きて問題になっています。

 昨今ではAI無しでは次世代は語れない、AIを使いこなさないとこれからはやっていけない、そんな語り口調での呼び込みも見られますが、それ以前に自分で思考して判断する能力を先に延ばしていかねばならないでしょう。

 まだまだ出始めですが、気をつけねばならないと思うニュースでした。

 

死を考えて生きる ~無料記事~

 相変わらず具合が悪くなっている最上です。

 今回は、皆さんにも「死について」考えるきっかけになってくれればと思ってお話します。

 コロナでもインフルでもありませんでしたが、相変わらず具合が悪いです。

 咳のし過ぎでゲロ吐いたのは初めてです。

 元々身体が弱い僕ですが、こうしたものは生まれつきなので仕方ありません。

 指定難病というものにかかったこともありますし、生まれつきの体質みたいなものだから、死ぬまでうまく付き合っていくしかない、と現代社会では言われています。

 冗談でも気分でもなく、恐らく健康な皆さんほど寿命は長くないと思います。

 幼い頃は、病床で苦しみながら「なんで僕だけがこんなにすぐ病気になるのか」とメソメソ泣いていました。
 楽しみにしていた運動会にも出られないので、家の中で体操着を着て寝ていました。
 移動教室も僕だけ行かなかったから、またしても話についていけない。

 そんなことばかりでした。

 よく今まで、それでも割と普通のことをして生きてこられたと幸いに思っています。

 僕は子供の頃から死を考えて生きていますが、そのお陰で前向きになったと言えます。

 哲学者セネカが言う通り「死に方を決めれば生き方は決まる」のだと思います。

 僕が無かったものをいつまでも諦めずに親を恨む生き方をしていたら、今、僕を無視して親(僕の祖父母)を恨んでいる母親と同じになってしまう、と思い、生まれてくるのも知らなかった我が子のために生きることにしました。

 そう考えると、僕は今の娘のために前に進む人生を選んだと言えるのです。

 次の代にだけは、同じ苦しみを与えないように。それだけ考えて最初は生き方を決めました。

 僕にとっては戦国時代を生きてくれたご先祖様がいたことは、とても大きな意味がありました。友達に嫌われたらどうしよう…などと、心が傷付くことを恐れていた僕でしたが、その僕が、もし今ご先祖様と同じように命を捨てて戦わねばならなくなったら、その覚悟が決められるだろうか。

 当時のご先祖様は、「上杉謙信に嫌われたらどうしよう」なんて心配しなかったはずです。

 子々孫々のために生きよと命じられるのが我が一族でしたから、ご先祖様も僕たち子孫のために生きてくれたはずです。

 僕もいつまでも愚図愚図言わずに、覚悟を決めて生きねばと思いました。

 いつかは死ぬからです。

 死を考えると、自分が何を残したかを考えるようになります。

 他人からもらっただけなら、僕が死んだら他人から減る分が無くなるだけです。

 自分では傲慢にも「~してやった!」と言い張っていても、それが本当に人々にとって必要なものだったのかどうか、それすら考えたことがないとわかりません。

 世では「愛されなかった時どう生きるか」の方ばかり注目されますが、それよりも「愛された時にどう生きるか」の方が重要だと思います。

 親に愛されなかった子が愛された時。

 それは、「自分を中心にした世界に付き合ってもらえた時」です。