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自分を美化するために他人を迫害する時~いじめの根本~

 有料会員向けの記事に「ちょっとエッチなのか、エッチなのか」のAI生成の画像を載せましたが、それを踏まえた上での職業差別等、迫害やいじめの根本の話です。

 少し前に乙武さんの話を聞いてから色々考えていましたが、僕たちは多くのことを「無視して」生きていないか、考えねばならないと思いました。

 僕自身の経験から「見下げ果てた根性の自分」との向き合い方を後半30分以降に話しています。

 無知は罪であると自分自身でもつくづく思います。

 いじめ、迫害の根本のお話です。

https://youtu.be/GlqleG5f8OY

妄想恋愛ストーカー女子について、人によりすごい想像してそう!という話 ~無料記事~

 妄想恋愛ストーカー女子の話を書くじゃないですか、僕が

 先ほど有料会員向けに話した「愛する努力」の話を録音していてふと思いました

 人により、すごい想像してそうだなと

 意地悪したり相手を責めたりしている人は、すっごい険悪なやり取りを想像してそうだなと思いました

 そんなことはないです

 彼女がもし戻ってきたとしても、何も困ることのないよう周りの人達にも悪いことは言っていません

 そして一緒にいる時も、相手はこっちにできもしないことをしてほしいようでしたが、付き合ったという形になれば責任がありますから、出来る限りのことはしていました

 当時は内面的に成長していない人とか、親離れしていない人とか、そんなこと知らなかったんですよ

 普通に扱っていました

 それから、目の前で必要なことは言っていましたから、陰口を叩くこともなかったですね

 少なくとも僕は

 本人のせいでもありますが、この人は誰にも大事にされてこなかったなと思いました

 彼女自身は、「今までこんなに大事にしてくれた人は雄基しかいない」と言っていました

 別に険悪なやり取りをしていたわけでもないです

 彼女の母親に「彼女が子供の頃のことから色々悩んでいるようだから、話を聞いてあげてほしい」とお願いしたこともあります

 色々問題を起こす度にこっちは大変でしたが、それでも見捨てることなく面倒を見ていました

 それは立場を考えれば当然のことですが、僕がどうしても難しいと思えるのは普通に付き合っていたわけではない点です

 とはいえ、自分ができる限り大事にしてきたのは当然と考えていましたので、別にそれについては言う必要もないと思っていましたが、口を利かないとか相手を罵るとか、そんな争いをしたことはないですよ

 言うまでもないです

 相手が人である以上、何があっても真剣に解決するために理解し合う努力をするのは当然です

 何があっても仲間の立場である以上、仲間として扱います

 奇行とも言える言動を見ていて、この人は寂しいのだなと思っていましたから、そのうち素直になるかと思って大事にはしていました

 実際には何も起きていないのに、段々と疑いや執着が強くなってきてどうにもならなくなりましたが、そのあと彼女が精神科に通うようになったりして、人格的に問題が発生しているのだと知りました

 大事にした時間を重ねれば重ねるほど、要求も疑いも大きくなるという正反対の思考をしていました

 僕自身が争いを起こさないので、あくまでも相手と仲良くするためには努力しますが、最後まで心から相手のことを思う気持ちを持って接してはいました

 ただ、彼女はきちんと話しあったはずでも、突然嫌がらせにきたりはしましたので僕にもどうにもなりません

 どんなに大事にしてもどうにもならないのはしょうがないです

 相手も好きにならない人に対しては素直になどならないです

 自分が本当に愛されたならば、相手も素直になります

 ちゃんとうまくいきます

 「俺を好きにならないなんて酷い!」とはさすがに思わないですね

 そんなもの、本人の勝手ですから

 どんなに大事にされたところで、素直になりたいとは思わないならしょうがないでしょう

 とにかく「親離れしていない」ということがわかって、ああどうしようもない状態なのかとわかりました

 子供の頃の自分を思い出せるからです

 一応、恋人の関係として一緒にいましたからね

 形だけかもしれませんが、言った以上は責任を持っていくしかないですね

 僕の方がちゃんと真剣に接していて、向こうの方がごっこ遊びだったという話です

 本気にならないのはしょうがないでしょう

 本人にとって大事なことなら真剣になりますよ

 一緒にいる時に普通に楽しく過ごしていた時間もありますが、それはネタにならないのでわざわざ書かないです

 楽しくするのは自分の努力ですからね

 離れるまできっちりと、最後の時まで嫌な気持ちを持つことなく、誠心誠意努めたと自負しています

 だから平気で書いているのです

 憎んでいたら例に出すこともできないですね

 僕の知り合いで彼女を知る誰一人として彼女を嫌うことがないようにはしています

 僕を大事にしないことは社会の罪ではないので、彼女が無関係な人に迫害されるような酷い真似はしないですよ

 個人の関係の問題であって、当事者以外は関係ありませんから

 そういうことは、言うまでもない「普通のこと」です

 ただ、先ほども書きましたが、「愛する努力」について話していて、「ひょっとしたらなんかすごい想像してる人もいるかもなあ」と思ったのです

 恋愛関係は密室の関係ですから、それぞれ自分が恋人に対してどう接するかで想像するでしょうね

 相手がどんな人であっても、いい思い出になるよう努めるのは当然です

 怒りや憎しみを乗り越え、相手の身を案じるのが恋人というものです

 お互いにそうできた時に、偶然うまくいくだけなのです

 万が一彼女が戻ってくることがあっても、なんら変わることなく僕は飯を作って出すでしょう

 最後まで普通に話している関係でしたから

 彼女は「特別大事にされる関係」を自分が何をしようが続けてくれないと嫌な人でしたから、単純に「物理的に無理」なだけです

 相手が困らないようにするのが良い付き合い方ですし、自分が困らないようにするのも自分の役目です

 だから無理や我慢は禁物なのです

 相手が自分に無理してほしい我慢してほしいと思っている時点で、相手を疑っているのですから

 相手は自分を大事に思っているはずだから、無理や我慢をしない方がいい、素直に正直にいた方がいい、と信じられないと、恋人同士にはなれないです

 お付き合いを無理強いされた時の僕の気持ちもわからない人はいると思います

 「好きなら相手が我慢することをさせたくないはずなのに、何度言っても聞いてくれないのはなぜなのか?」

 通常と正反対だから、意味がわからないのです

 とにかく、行動の何もかもが「本人が望んでいると言っていることと正反対」でした

 それじゃあ続けるほどにどんどん嫌になるのが目に見えていますからね

 僕には想像がつかないですが、恋人や夫婦でもお互いにすごい意地悪している関係もあるのではないでしょうか

 こればかりは、密室の関係なので他人にはわからないことです

 ただ、相手を大事にし続けていればそのうち大事に思えてきますから、はじまりはどうであれ恋愛関係になっていた人はみな大事に思っています

 いつも説明している通り、言い訳する、こっちを責めてくる、何かを無理強いする、誤魔化す、嘘をつく、など、通常あり得ないことばかり起きましたから、彼女の行動通りになっていっただけです

 素直に正直に接していれば、こっちはそれで構わなかったのですが

 しかし先ほども書いた通りで、人は好きな人にしか心を開きません

 何か他の意図があったにせよ、とにかく「運命の人ではない」という感じの理解をしていくしかないのです

 何が正しいかよりも、こうしたことについては自分の思い出の中でどう解釈されてどう残って行くかの方が、未来のためには重要なことだと思います

 僕の感覚では「仲良くなりたくても、してくれない人」という感じの人でした

 これまで経験してきた仲間たち、親友たちのように、ただ正直に素直に接してくれることがなかったので、「この人は僕と仲良くしていきたいほどには好きにはならなかったのだ」と理解しています

 それまでは「付き合ったら僕に対して素直になったり甘えたりしてくるのは当然だ」と思っていたので、この関係は一体何がしたいんだと理解できませんでした

 誰もがそうではないのだ、と知りましたし、最初から「付き合うことが困難な人」もいるのだと知り、今はこんなことをしている次第です

 みんなが自分に素直になり、うまくやっていけるといいなと思う気持ちは今も以前も変わりません

気付ける人は一瞬で終わる、心の問題 ~無料記事~

涼しくなるための画像

 自分の心の「存在」を無視されて育った人でも、もしやれたら一瞬で終わる。

 それが、僕が経験上知る限り、唯一現実に出てくる方法だと思います。

 心を受け入れてもらえた人たちと同じように、人の心を見て生きるためにはそれしかないと思います。

 皆さんは、自分については心の中で考えている存在を「私」だと思っていることと思います。

 みんなそうです。

 自分=心の中にいる存在

 他人=見える形ある存在

 これが最初の人間の理解です。

 他人と同じ世界に生きている人は、自分も他人も「同じ仕組み」の生き物だとわかっています。

 人は心があって、見た目の部分は本人にはわからないものなのだとわかっています。

 自分もそうですが、他人もそうです。

 その人自身とは何か?見えない存在です。

 その「意識体」のような見えない存在が相手なのだとわかった上で、形ある部分は表面上見えるものでしかないと思って接してるのが人の心を見ている人です。

 意識して存在させないと、見えないので「ない」と思ってしまうのです。

 なので、他人と心通わせる関わり方は意識して見えない方とやり取りしているつもりでやり取りするのです。

 そうなると、言っていることなんてどうでもいい程度になります。

 仕事で大事な話でもしているならばともかく、日常なんて冗談ばっかりでもどうでもいいんですよ。

 形だけで自分をわかって欲しい人は、全て情報で与えて「知ってもらう」を自分をわかってもらうだと思っています。

 それ、いつから、なぜ始まった。

 そこを考えたことがないのだと思います。

沖縄尚学の優勝を見て、努力することの素晴らしさと感動~無料記事~

 沖縄尚学が優勝しましたね

 感動しました。高校野球には毎日感動をもらいました。

 沖縄尚学の優勝も嬉しかったですね。
 沖縄のことが色々思い出されましたが、沖縄の人たちの地元愛がよくわかりました。
 彼らはやはり琉球民族としての誇りを失っていないのだと、感動しました。

 僕もとても嬉しかったです。

 優勝した瞬間、選手たちが走ってきてマウンドの上で歓喜していました。

 それを見ていて、僕も過去の気分が蘇りました。

 やはり、只管自分の道を努力して進んでいくのが一番だ、と思いました。

 なんでこんな目に遭うんだろうと嘆いた時も、どうしてこんなひどい奴がいるんだろうと許せない気持ちになった時も、誰にも言わず、ただじっと耐えて耐えて、関係のない人たちにまで悪しきものを運ばないよう気を付けながら、納得できない窮地の中でも少しずつ少しずつ前に進む。

 一年や二年は毎日思い出しては怒りや憎しみが湧いてくる時もありました。

 それでも、決して口に出さない。堪える。

 今何も知らずに接している仲間たちのことを大事にして、少しずつ一人で進む道を作り出していく。

 他人に助けを乞う時は、人のせいにせずただ必要なことのみ話して力を借りる。

 許せないほど不誠実な人間がいても、そうでない人たちにより感謝して共に進む。

 言う事がコロコロ変わるやつ、裏切るやつ、気に入らないと手のひら返しで態度が変わるやつ。

 都合のいいことばかりで何を聞いても嘘しかつかないやつ。

 色んな人間がいます。

 それでも、陰口を叩いてそのままの今を続けない。

 妄想ストーカー女子の悪口も、僕は言わずに進みました。

 だから今彼女を知っている僕の周りの人たちも、彼女のことは決して悪くは思っていません。

 悪く思われたとしたらそれは僕の責任ですから、立場上嘘でも彼女という立場にいたので、相応の扱いをしていました。

 彼女が間違ったことをしていると思うからこそ、人には言わないのです。

 彼女は反対に、無理やり付き合いを強要しながらありもしない僕の悪口を友達に吹き込んでは僕を悪者に、自分を被害者にして争いを起こす人でした。誰を相手にしても似たようなことをして、いつもいつも「可哀想なお姫様」をやって遊んでいました。

 恋人を周りの人に悪く思わせる真似は、僕の中ではしてはいけないことです。

 仲間の陰口悪口を言い、目の前ではコソコソと平気な顔でいるという裏切りもダメです。

 もし僕が恋人の悪口を言っているのに、彼女の前ではまるで本当に好きかのように嘘をついていたら彼女はその時点で既に孤立させられています。

 僕によっていじめられているのです。何も知らない彼女を騙し、陰では悪口を言ってバカにする。

 自分の彼女にそんな扱いをしていたら、僕が大事にする恋人なんてどこにもいなくなります。

 僕の中ではそれは男が下がることはあっても、上がる行為ではありません。

 そんな真似はできないと思うからこそしませんが、妄想ストーカー女子は僕に酷いことをする理由をこう述べたことがあります。

 「ゆうきは絶対に人の悪口言わないから、何をしても他で私の悪口を言わないだろうし平気だと思った」

 彼女はいじめが好きでした。幼稚園の頃から友達をいじめていた、と自分で言っていましたが、出会った時にも女友達の一人を孤立させ、複数人でSNSを使いいじめをしていました。

 楽しいそうです。いじめは楽しい。みんなで一緒にいじめをするのが楽しいからやるのだとハッキリ言っていました。実際楽しそうにいじめをしていました。

 僕をいじめる仲間に娘を引き入れようとして、娘が嫌がって大きな声で「やだ!やりたくない!」と言った時もありました。

 彼女にとっていじめはいいことなのです。みんなで楽しむいいことなのです。

 頭がおかしいと思ったものですが、この彼女を庇う人達も病んだ人には沢山います。

 そして、相手がどうでも関係ないのです。
 
 彼女は今も人をいじめながら、バカにしながら、人の悪口を言いながら自分だけ被害者みたいな顔をしてお姫様扱いしてくれる人を待っていることでしょう。

 本当に悪口が酷い人でした。こんなに悪口を「男の前で」言う女がいるのかと驚きました。
 正直、男に少しでも好かれたかったら男の前で悪口は言わないと思います。

 「この女、性格悪いな」と思われても、見ず知らずの人を悪く言ったところで自分が良い人だとは思われません。

 彼女は僕に好かれたい人ではなく、「この人は私が好きだ」と勝手に決めつけていじめをしたいだけの人でした。

 他の妄想恋愛ストーカー女子もみな一様に勝手に僕が自分を好きだと決めつけて、結局はいじめがしたいだけの人たちでした。

 それでも、これだけ色々話していても彼女たちより遥かに酷い人がいました。

 こうした話も今はもう笑いながら話せるから話すのであって、それでも彼女たち個人を知る人たちには決して悪く思われないようにしています。

 それはあくまでも僕が接した彼女たちであって、他の人たちに嫌わせるような真似は不当です。

 それでは僕が悪口を広める側になりますから、彼女たちがいつどこで僕が知る人に出会っても決して噂話の偏見で見られることがないよう、人として最低限の配慮はしてきました。

 だからこそ、我慢してでもとにかくその時は堪えて進むのです。

 自分の口を憎しみや怒りで汚してはならないと思うからです。

 何年もかかることですが、それでも悔しい思いや辛い気持ちを抱えて少しずつ努力して進んでいけば、やがてはそんなことも考えなくなります。

 誰も知らないけれど、自分一人で思うのです。

 「あの時はあんなに辛い憎いと思ったものだが、努力して進んできて良かった」

 どれほど苦労して進んできたか、どれほど苦痛だったか、それは自分だけが知るところです。

 自分だけが知ることにして進んできたからこそ、他の関係ないものまで「悪い出来事」に巻き込むことなく、平穏無事に育てていけるのです。

 僕にいきなり無理難題を押し付けてきた人のために、そうでない人たちとの関係まで破壊したら僕の人生にとって損です。

 実際、実はもう思い出すこともないんです。

 仕事の上で書かねばならないと思うから、ネタとして出してはきます。

 しかし、彼女たちのことは仕事以外で思い出すことなどありません。

 思い出すのも意識してやることで、あくまでも仕組みとして人間性心理の例にするためであって、彼女たちの存在そのものを思い出すわけでもありません。

 すっかり忘れていきます。

 過去のことなんて、そのうち不要になります。経験として身についてしまえば、もう不要になるのです。

 記憶の中にいつまでも置いておけるのは、今の自分にも必要なものだけです。

 沖縄尚学の優勝シーンを目の当たりにして、感動と共に意欲が湧いてきました。

 真剣に自分の道を生きてこそ、感動はある、と改めて思いました。

 今を生きている。

 たった今の体験に本気で喜んだり悔しがったりする彼らは、たった今、本物なのだと強く感じました。

 そして、その瞬間を目の当たりにしながら、過去の自分自身の感動が蘇るのです。

 泣き言を言わず、愚癡をこぼさず、人を罵らず、ただ只管に進んできて良かった。

 やはりこの道でいいのだ、これこそが自分の進む道だと実感しました。

 高校球児たちのお陰で、僕もとても清々しい感動を体験することができました。

 彼等に心から感謝します。

 そして、乗り越え続けても結局残るのは「いい思い出」の方です。

 仲間たちとの感動が今も蘇ってきて、今の僕にも勇気を与えてくれるのです。

 愛する人がいつも言ってくれた励ましの言葉を思い出して、辛い気持ちも励ましていけるのです。

 やはり、人を大事にしていく生き方の方が、自分にとって正しいものなのだと確信しました。

皆さんも気をつけて・無料記事

 昨日、自宅で熱中症になったんですよ。

 実は今も具合が悪いんです。

 昨日は自分でもなんなのかわからなくて、急にすごく息苦しくなってきたので「もう死ぬのかも…」と思いながら少し休んでいました。

 喘息の発作が起きそうなのかな?などと色々考えていましたが、熱中症だったようです。

涼しい気分になるための画像

 塩分を取って水を大量に飲んで、涼しいところで横になっていたら楽になっていきました。

 室内で熱中症になるという話は聞いてはいますが、ちゃんとクーラーもつけているのに、なぜなのか不思議なくらいでした。

 強いて言うならば、パソコンに向かって作業していたので集中力が途切れないように「のどが渇いたなー」「トイレに行きたいなー」などとと思っても我慢してやり続けていましたから、そのせいかもしれません。

 確かに、のどはずっと乾いていたので何度も「なにか飲みたい」とは思っていました。飲んだ方が良かったかもしれませんね。

 なんだかその後も身体が熱いのです。

 部屋の中でクーラーをつけていても、ダメなんですね。

 温度をいつも高めに設定していたのですが、節電のために温度を下げ過ぎないようにと電気会社からは節電の協力を求めるメールなどが来るので、これでいいのだと思っていました。

 体感的には問題もないのですが、それでも「暑くて脱がないといられない」という感覚の気温の場合はダメなのかもしれません。

 今思いましたが、時間帯によって同じ温度設定でも室温が違っているようですね。

 丁度今は特に暑い時間帯なのですが、こんな時は温度を低くした方がいいのかもしれません。

 とにかく、座って作業をしているだけでも具合が悪くなってくるなんて、恐ろしいことですね。

 皆さんもご注意ください。

涼しい気分になるための画像

 正直、自分でも「熱中症になっている」となかなか気づかないです。

 別の調子の悪さなのかと思ったら、家の中にいて熱中症ですからね…。

 外に出てバイクに乗っても「風が生暖かくて気持ち悪い」ほどの暑さです。

 風を切って走ったら爽快なのかと思いましたが、ここまで気温が高いと風なんて受けても湿度も高いので拷問にしかなりません。

 業務用クーラーの室外機の前を通った時に受ける「温かい風」をずっと浴び続けているような感じです。

 近所を走って帰ってきただけなのに、ヘルメットを脱いだら風呂に入って髪を洗った後かと思うくらい汗でびしょびしょです。

 「もう北海道に住むしかないかも」

 娘が今朝そんなことを言っていましたが、実は沖縄より気温が高くなっている北海道なので、避暑地的感覚で「批難」はできないでしょう。

 あと、クマが出ます。

 今年は北海道ニュースでも恐ろしいヒグマニュースが相次いでいますからね。暑さで倒れなくてもヒグマと戦って倒れるかもしれません。

 ただ、ひとついいことがあります。

 ガスもつけないのに、蛇口からお湯が出るんですよ。

 これでガス代無料でお湯が使えますね!(生ぬるいやつ)

 驚くほどお湯です!間違ってレバーをお湯の位置にして水を出したのかと思いましたからね。普通にお湯ですよ。しばらく出し続けても、お湯です。

 本当に、酷い暑さですね。

爽やか夏気分になるための画像

 僕はこれを書いていて思いついたので、ベランダに水を撒こうと思います。

 京都・打ち水作戦 in 千葉です。

 とにかく工夫して、なんとか夏を乗り切っていきたいと思います。