真剣に生きていなければ幸せになどなれない ~無料記事~

 僕は最近とてもがっかりしています。

 真剣に幸せになりたい人がちっともいないからです。

 僕たちは冗談で生きているわけではありません。誰もが本物の命を使い、本物の人生を生きています。

 一度きりの人生ですから、一度生きたら取り返しがつきません。

 本気で考えて生きていなければ、いくら夢見ていても望むことなど叶いません。

 ふざけて冗談で生きている人には、よく出会います。

 都合のいいことを考えて他人を操作しようとし、それがうまくいかなくなると誤魔化す。

 人生そのものを、冗談で生きているのです。

 僕は本当に幸せになっていく方法を教えたいのですが、なにせ幸せになろうとしている人が本当にほとんどいません。

 例えば、「私をわかってくれる人」を求めて生きる人。

 辛い過去があり、どんなひどい目にあったのかなどを知って可哀想がってほしい、共感してほしい、という目的を持って生きています。

 しかし、それが起きたところで幸せになりません。

 要は、人生を既に諦めているのです。

 人生そのものを諦めた人は、既に幸せになれると思っていません。諦めたからです。

 僕はよく時間の話をしますが、真剣に本気で考えれば小学生でもわかるような非常に簡単なことです。

 既に、今もう絶望的に今後幸せになどなれない道を「自ら」進んでいる人は沢山います。

 辛い過去をわかってほしいと思っている人は、未来を諦めました。

 過去を覆すために、これからの新しい道を捨てたのです。

 過去に起きたことを「なかったことにする」ために生きているのです。

 それは不可能です。だからもう人生そのものを諦めているのです。

 自分の頭で真剣に考える、ということさえ、しない人はまったくしません。

 真剣に考えたい人は考えます。考えない人は考えません。

 考えるなどということは、自分の意思でやらなければ誰にもわからないので、やりたくないならいくらでもやらずに済むのです。

 僕は子供の頃、本当に家の中では酷い目に遭っていました。

 そして小学校には、同じように劣悪な環境と言える家庭の子がいました。話をすればその子だけは「わかってくれた」のですが、そこでその子と家のことで愚癡を言っている状態は、人生のおしまいを意味していました。

 今後、もう僕が望む幸せになどなれない、ということです。

 それがなぜ、その時に決定してしまうのかわかりますか。

 今ここで、考えもせずに「わからない」と結論を出す人が多いのです。

 自分がわからないと「それはおかしい!」と怒る人もいます。

 自分が理解できないことは、なんでもおかしいし、間違っているのです。

 つまり自分は何を聞いてもスラスラと理解できる、オールマイティな頭脳を持っていると思って生きているということです。

 しかし、それを聞けば「そんなことはない、なんでもはわからない」と答えます。

 自分自身が、完璧な頭脳を持った人間でしかない振る舞いをして生きている、それすら自覚がないのです。

 そのくらい、「何も考えずに生きている」のです。

 以前から時々言っていましたが、僕は人間がここまで愚かなものだと知りませんでした。

 ここまで考え無しに、ふざけて生きている人が多くいるとは知りませんでした。

 僕は特に学があるわけでもなく、真剣に考えて生きてはきましたが、多くの知識は金がないので自力で学んで身に着けてきました。

 学歴がなくても、学んでいないわけではありません。
 金がないから学ばないでは後から困ります。役にも立てません。ですから、自分で金がないなりに図書館に行ったり教科書を買ったりして、一人で学んできました。

 何をするにもそれが後になんの役に立つかを考えてきました。

 それは自分のためでしかなく、必要なものを少しずつでも身に着け続けるのは、真剣に生きていれば誰もが同じです。