真剣に考えて真剣に生きれば目的は叶う ~無料記事~

 真剣に考えて、本気で生きる

 生きて幸せになりたいなら当たり前のことじゃないか?と思うかもしれませんが、実際にはやらない人が多いのです。

 真剣に考えていない、本気で生きてもいない。
 でも「何かいいことあるんじゃないか」と夢見ている。夢みたいなことが叶うかな、叶わないかな、と博打のように生きている。

 「夢みたいなことが現実にこれで叶うだろうか?」とも考えない。

 とにかく「現実に起きるかどうか」は考えずに現実を生きるのです。
 壊したくないのは「頭の中にある夢」です。

 これから生きる現実も、今までの現実も、とにかく現実の方はどうでもいいのです。

 現実に何が起きても「夢の世界を壊さないように勝手に解釈する」からです。

 現実には興味がない、本物の人生には全く関心がないのです。

 「現実にはいいことなかった」

 最初に与えられるものに満足しなかったので、もうどうでも良くなっているのです。
 自分の人生には真剣に考える価値がない、と思っている。そして面倒くさいのです。

 その「面倒くさいこと」を真剣に生きる人はやっています。本当に満足して生きられる人も、みな真剣です。
 少しずつの積み重ねなんて面倒なことですが、それでもやっています。

 現実を壊さないように生きれば夢は壊さなくてはなりません。
 都合のいい妄想空想は叶わない、と諦めなくてはなりません。

 夢を壊さないように生きるならば現実を壊すしかありません。
 いつかはきっと夢のようなことが起きると信じて現実に嘆かなくてはなりません。

 夢を壊さないようにしながら、現実にもいいことが起きるようにする、なんてことはできません。

 どちらかです。

 現実に満足している人は、自分が人間であることも自覚していますし、不可能なことは諦めています。

 真剣に考えて真剣に生きれば目的は本当に叶います。
 が、この場合は目的が現実的に叶うことに設定されています。

 真剣に考えなければ現実に起き得ないことが目的として設定されます。
 頑張ってもうまくいかないのは当たり前なのです。

 「そんなこと起きるわけないじゃん」

 他人が同じことを考えていたら無理だと簡単にわかることでも「でも自分の場合は違う」と思えるのがまったく成長していない人です。

 なぜ自分の場合は違うのか?

 それも真剣に考えていないので、根拠はないのです。
 とにかく、真剣に考えていないのです。

 「真剣に考える」

 これだけで解決する問題も、本人がやらなければ解決はしません。
 考える、なんてことは本人にしかできないことなので、他人がやらせることはできないのです。

 本人が自分の人生をどれくらいの価値に思えているか、それにより違うでしょう。

 なんとなく気分で生きてダメでもしょうがないと思える程度なのか、本気でこのままでは嫌だと思える人生なのか。

 とにかく、間違いないのは「本人の人生は、本人のものである」ということでしょう。
 真剣に生きるも本人次第、生きないも本人次第。どちらにせよ本人一人が体験する道がどうなるかの違いです。
 誰も自分になって自分の人生を体験することはできないのですから、すべて自分次第ということです。