人間と仲良くなりたかった、仲良くなれたから幸せ ~無料記事~
僕は誰かを批判して何が正しいかをわからせるなんてことよりも、誰とでも仲良くなった方が嬉しいです。
取引のような関係を求める人がいても、それは仕方ないです。
自分と仲良くなりたくない人、妄想恋愛ストーカー女子のように人材として求めてくる人の場合は、あくまでも仕事として考えます。
でも、やはり僕が好きなのは本物の友人や恋人との関係です。
仲間なので何があっても敵とされないし、いつも自由で安心です。
これまでを振り返っても、誰かと仲良くなれて良かったと心から思います。
悲しいことも沢山ありました。自分から能動的に行動すれば、批判されることやバカにされること、冷たい態度を取られることは沢山あります。
それでも、何かを待っていては絶対に手に入らないものが手に入りました。
最初からそれを持たなかった僕にとっては、本当にかけがえのないものです。
僕なんか機能社会の人材としては特に何もできないクズみたいな存在です。
本当に、いくらでも代わりはいるし、死んでも誰も困りません。それが機能社会です。
そうでなくては、逆に困ります。機能社会の関係は替えがきくからいいのですから。
一人いなくなって困るようでは、機能社会が機能しなくなります。だからそれでいいのです。
しかし共同体の関係の方は違います。
この人でなくてはダメだ、という相手がいるのです。
僕はその「この人でなくてはならない」の一人になりたかったのです。僕だけではありません。それぞれが個々に違う人間だから、あいつもこいつも、みんな必要で替えは効かないのです。
人材ではないので、同じ何かができれば誰でもいいわけではないのです。
殆どの人は、機能社会では本当に立派にやっていると思います。
僕も尊敬するところばかりです。
でも、やはり人間は欲しいものがそれぞれ違うのです。
きっと、「毒親の子」たちも、この程度のものが欲しかったと知ったら、笑うかもしれません。
そんなことより間違った親、そして他人を正すことが重要だと思っている人には、なんでもないくだらない話です。
なにせ、一銭の得にもならないのですから。
その代わり、モノや金を誰にどれだけ渡しても、どんな話を聞かせて説得しても、手に入るものではありません。
「お互いの」
仲良くなりたいという気持ちが一致して、お互いに努力した時だけ手に入るもの。
だからこそとても嬉しいのです。誰にも必要とされずに人材として家の中にいた僕にとっては、僕と仲良くなるために努力してくれていること自体が、とても嬉しいのです。
いろんな人と仲良くなれました。いい思い出が沢山あります。
誰とも仲良くなろうとしていなかった頃には、他人のちょっとした態度や発言が気になって気になって、卑屈になったり異様に落ち込んだりしていました。
でも、自ら仲良くなろうと能動的に動くようになると、悲しい気持ちはあってもすぐに諦めて次に行けるようになりました。
そして、仲良くなれる人の方が大事になるので、そうではない時のことはすぐに忘れるようになりました。
妄想恋愛に付き合っている時は、役柄が彼氏であっても絶対にできないことがありました。
信用されていないので、普通の恋愛関係の時にはできることもできないのです。
それがとてもつまらないのですが、本物の時は全力で大事にしたり、守ったりできるのです。
好きな人を守っている時は、とても嬉しいのです。好きな人のために何かしていることも嬉しいのです。
人材の時は相手に最初からやらせたいことがありますから、僕が自分の頭で何かをしてあげようと考える必要がありません。
相手が何を望んでいるのか探るような付き合いになりますから、自分が真剣に考えて全力で尽くすことはできないのです。
でも、自分を必要としてくれる場合は全力で頑張れるのです。
真剣に、全力でやる方が、何でも楽しいです。感動もあります。心から嬉しく思います。
その相手になってくれた人には本当に感謝しています。
僕を信用してくれて、相手も同じように仲良くなろうとしてくれた。
だから僕でも誰かを愛したり守ったりすることができたのです。
誰がやってもいい場合とは、わけが違うのです。
僕は人間と仲良くなりたいし、仲良くなるために生まれてきたようなので、人間と仲良くしている時がとても幸せです。
もうすぐ死ぬかも、と過去を振り返っても、思い出すのは仲間たちと仲良くしてきた日々ばかりです。
本当にどうもありがとう、と心から感謝しています。

