カテゴリー: 非会員向け

今年もよろしくお願いいたします

 あけましておめでとうございます

 本年もよろしくお願いいたします

 少々ご挨拶が遅くなりましたが、新年早々つい笑顔になってしまう年賀状もいただきました

 皆さんありがとうございます

 気づいたのですが、僕はこの方の絵が個人的に好きなのだと思います

 なんて可愛らしい顔!!

 僕も「かわいいキャラクター」を描いてみようかと思ってお絵かきしてみることがありますが、これがなかなか難しく、意外と癒されるような可愛い顔は描けないのです

 優しい弁財天と、かわいいヘビ

 部屋に飾っておいたら御利益がありそうなので、飾っておくことにしました

 今年は新年の始まりに、ひとつアドバイスをしたいと思います

 皆さんがもし、新しいことにチャレンジしようとしている時に

 「どうせお前になんかできない」

 と誰かにバカにされたならば、そこで自信や意欲を失う必要はありません

 どうせできない、と思うか。俺もそう思う。

 確かに、お前が知っている過去の俺なら無理だった。

 だが、明日以降の俺は今までの俺ではないから、未来の俺はやってくれる。

 チャレンジする時は、今までの自分ではありません

 未来の自分は今の自分ではないのですから、心配無用です

 その代わり、全力でチャレンジしましょう

 これからのあなたは今までのあなたではないのだから、きっとうまくいきます

 今年一年、どうか皆さんにとって悔いのない一年になりますように

 

最上 雄基

 

 

 

 

今年も一年ありがとうございました

 いつも訪問いただきありがとうございます。

 また、会員の皆様、今年も一年ありがとうございました。

 お陰様で今年も一年、活動を続けさせていただくことができました。

 母や祖母の死後、環境は大幅に変わりましたが、千葉にて今も変わらず皆さんの心が自由になることを願って活動をしております。

 千葉の生活もはや二年となり、以前より千葉を知ることができました。

 色々なことを始めますので皆さんから見て意味がわからないことも沢山やっているかと思いますが、皆さんのご支援、ご愛顧のお陰で来年も新年早々に青森にて講座を開催させていただくことが決まっております。

 社会の問題は絶えることなどありませんが、自分自身に関係ある問題を解決し、また充実させ、皆さんが今を最も実感する日々を送っていただきたいと願っております。

 心から願うのではなく

 心の願いを聞き届けて、自らをより幸福な今に導いていかれますよう

 

 来年も精進して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

Refresherぷらす

最上 雄基

親のせいで不幸にはならない~無料記事~

 親のせいで自分が不幸になった

 と思っている人もいると思いますが、親のせいで不幸にはならないです。

 「親とのコミュニケーションによってつくられた自分の人格が、幸せになれない人格をしている」

 不幸は人格の問題であり、人のせいではありません。

 人のせいでも金のせいでもありません。

 幸せは物理的なものではありません。

 例えば、食べるものが無くてひもじいのは貧しいせいだ、というのは道理が通ったことです。

 しかしそれが不幸かどうかはわかりません。わかりませんが、通常人間として生きるに必要なもの、生理的に必要なものが欠如している場合はまずそこを埋めていくのが当たり前ですから、それは一般的に考えても「不遇な状態」であると言えます。

 ただし、その場合は「食べるものが手に入るようになれば解決する」と最初からわかっていますから、他人が手伝って解決することも可能です。

 しかし人格の場合は別です。

 今のままの人格では幸せになどなり得ない矛盾した人格をしているならば、誰にもどうにもできません。

 本人が自力でなんとかするしかありません。

 人格は親子のコミュニケーションによってつくられます。

 みな無自覚にいつの間にか「自分はこんな人だ」と思っている、なんらかの人格になっています。

 しかし、それが他人から見てどのような人格なのかもわかりません。そしてそうなるつもりでなったわけでもありません。

 その人格は、「親に与えられたもの」と言ってもいいでしょう。

 生れた家庭の中で生き抜いていけるように作られたものです。

 自ら生み出したと言えるでしょう。

 子供は親に100%依存した状態で生まれ育ちます。親にくっついて生き続けるためには、その親とうまくやっていける人格になるしかありません。

 親離れする勇気がなくては、その人格を変えるわけにはいきません。

 その人格を手放すならば、一旦ひとりになる恐怖を乗り越えなくてはなりません。

 自分一人で考え、決め、実行するのです。

 誰にも責任を負わせることなく、自分の責任で自分の行動を操るのです。

 自分一人で決めるという自由が、怖いと思いませんか?

 誰にも聞けない、確認させてもらえない。

 誰かに保証してもらえないのです。

 怖いと思いませんか。

 しかし、それが自由であり、それが心理的に自立するということです。

 何が起きても「誰が言ってた」なんて言い訳ができないのです。

 それは誰にも何も聞くことなく決めるという意味ではなく、誰かに意見を聞いてから決めたとしても、自分の決断は「自分の意思です」と主張し、責任を持つということです。

 怖いと思う人もいるでしょう。

 今までずっと他人に責任を押し付けてきた人もいるでしょう。

 責任を持っていない人は、選ぶ権利を失ってしまうのです。

 しかし、誰かに責任を押し付けて、誰かに責任を押し付けられて生きている人もいるでしょう。

 言葉で人のせいにしたかどうかではありません。責任を取って生きているかという問題です。言っていることとやっていることが矛盾している人もいますから、口先では「自分のせいで」と言いながらも責任を取らずに生きる人もいます。

 無関係なところに話をしては、逃げも隠れもできるようにしてコソコソ生きる人もいます。

 心理的に自立する時、背後にいるのが自分を受け入れている親であればたった一人孤独な世界を旅立たなくても済むでしょう。

 徐々に自分の責任を感じ、反省し、勇気を出し、親から離れていくことができるでしょう。

 しかし、親子関係が矛盾している場合はそうではありません。

 子供は「親子関係が矛盾していた私」をわかってくれる人を見つけようとし、親から離れて自立していく私を迎え入れてくれる親の代理となってくれる他人、を求めます。

 その関係が作られた時、人生は終わります。先が無くなってしまうのです。

 我慢し続けて未来などない今を送ることになります。

 行き詰まったならば、救いなど人間に求めないことです。

 自分自身の中にこそ必要なものがあるのだと信じ、恐れることなく自分の核を自分自身の心の目でよく見ることです。

 自分自身を見ることを、決して恐れない。

 自分の味方となるためには、どんな自分でも直視する勇気が必要です。

 どうか自分を見捨てないように。

 あなたのためにたった一人与えられた唯一の人間ですから。

 それがどんなものであっても、内なるものの全てを無視して嫌うことのないよう。