私をわかってほしい、と言う人が勘違いしていること ~無料記事~

 ちなみに、僕はこの他人を道具にして願望を叶えようとする貴族の生き方をする人間が大嫌いだ。
 我々の敵と言ってもいい。その昔なら斬って捨てることができたものを、と思う。

 このような人の場合は、真剣に向き合っても意味はない。
 真剣に対話もしてくれるわけではないが、計画しても実行しない。

 つまり、これが無駄になる、ということすらわからない程度の頭しかないのだ。
 他人を食い物にして生きるのだ。自分の願望のために他人の夢や願望を捨てさせ、実際に行動させた挙句いつまでも望みを叶え続けない、夢を見られ続けられないとなると、恨んだり不満を抱えて消えていく。

 実在している人間ではない、と言っても過言ではない。実在している人のように扱うと大変なことになる。
 だから会話になっているようでいて、実は会話にすらなっていない。

 本当にメルヘンのようなことを考えていて、「私を好きになってくれる人がいたら、安心できる未来に連れて行ってくれる!」と期待しているのだ。
 まともな人なら唖然とするような大人だ。

 それでは奴隷にしかなれない。

 その幼児のような夢は、「親の言われるままに進む時期」だけ可能になる。

 なんの責任もない立場で安心安全で守ってもらえる。

 それは幼児の頃だけだ。その代わり幼児に自由はない。好きにさせてもらえていたとしても、幼児は自分の人生を決めない。親が全部どうするか決めているし、子供はそれに従う。

 自分で人生を選択する余地など、本物の幼児にはない。

 親が可能な範囲の中で「邪魔をしないように」生きなくてはならない。

 だが、それも我が子であれば別に構わない話だ。しかも幼児なのだから。

 それがその幼児を育てる親の立場であれば、そんなことは許されない。

 それではお父さんは外で現実的な苦労をして、家の中ではお母さんが夢を見ながら主婦をしている、という夫婦になってしまう。それでは夫婦仲は険悪になって当たり前だ。

 お母さんのママゴトに付き合うのは子供だ。夢のような世界に付き合いながら、将来に不安を抱えなくてはならない。
 その子供が不安なまま外に出たらまた被害が拡大化する。

 本物の幼児は面白くないと泣いたり喚いたりヒステリーを起こし、気分のままに生きる。
 面倒は親が見ている。

 そしてそのまま大人になったら、そんな人と共に生きたい人間は誰もいない。
 あえて避けて通りたくなるのが当然だ。

 だからこそ、誰かと共に生きるためには自分自身の自制心も必要になる。
 言うまでもないが、冷静に判断したり思考したり、意思の疎通が図れる能力は必須だ。