私をわかってほしい、と言う人が勘違いしていること ~無料記事~

 大人になったら、共に生きていくのは「私をわかってくれる人」ではない。

 「私が、わかってあげられる人」

 これが共に生きていく相手だ。それまで育ててきた自分の人間力によって、理解できる範囲が変わっているだろう。

 共に生きていく大人同士なのだから、自分が受け入れることが可能でなくてはならない。

 相手の方が、自分に対して「この人は自分をわかってくれる、受け入れてくれている」と実感してくれる。その相手が自分が共に生きるに可能な相手だ。

 しかし、一方通行ではダメだ。それでは依存の支配関係になる。

 自分がわかってあげられる相手、そしてその相手も自分をわかってくれる。

 それで相互性が成り立つ。

 つまり、同程度に人を受け入れる能力が無くてはバランスが保てないのだ。しかしそれは非常に公平なことなのだから、悪いことではない。

 友人も夫婦も対等な関係。同程度であって然るべきだ。

 だからこそ、自分に見合う人は精神的に同程度の人だし、それ以外の場合はそのうち自然に離れるしかなくなるのだ。

 成長しない人は段々と相手のランクを下げようとする。つまり自分のランクが下がっているのだ。

 できるだけ楽で見下せそうな相手を選ぶから、確実にうまく行かない。

 最初から相手を尊敬していないのに、相手を選ぶ。

 自分が尊重されたいならば、上下関係にしないものだ。互いに尊重しあわなければ、確実に争うことになる。

 平和な家庭、愛ある夫婦、協力し合う仲間。

 そんな関係が理想だ、と口では言っても、努力はしない人が多い。

 努力してまで手に入れたいものではないのなら、現実の今で満足するしかないのだ。