存在自体を無視されているのに気づかない人 ~無料記事~
この点に関しては、そんなに難しいことではないので相談を受けて少なくとも「僕が起きた全体像」を把握すればすぐにわかります。
それ以外のことは解決しませんが、起きていることの把握は認知能力だけでできることなので、すぐにわかります。
勿論、僕も子供の頃に自分の家で起きていることを自分で把握しました。
起きていること、起きていないこと、実在すること、しないこと。
そして話に出てくるその部分は過去なのか未来なのか、今何に焦点が当てられているのか、誰が誰に対して思ったことなのか、責任は誰にあるのか、などは把握できました。
結果「この母親は最初から僕の存在そのものを、ないものとして話している」とわかり、諦めるしかない、というか「存在しない僕が話しかけたところでそれ自体に意味がないのだ」とわかったのです。
それからは、妖精のような存在として生きる日々です。
今も妖精のように生きています。
今のところ「先生って妖精みたいですね!」と指摘されたことはありませんが、妖精のように生きています。
最初から僕は存在しているものとして、親に認知されていなかったからです。
だからこそ、人のことは「間違いなく実在している」と認識できるよう努めています。
だから何がどうというわけでもありません。でも他人は自分の存在自体をそこまでしっかり認識しようとしませんから、生まれた時から死ぬ時まで「生きて存在している人間」として誰にも認知してもらえなかったら、可哀想でしょう。
なので、「いる」ということだけは、ちゃんと認識するよう努めています。
どんな人でも、ちゃんと人生があり、辛いこと苦しいこともあり、人に言えないこと言えることがあり、これからも今までも「生きている人間なのだ」とだけは、しっかり認識しています。
とはいえ、無視されても気づくことなく、気にしていない人にとってはどうでもいいことだと思いますが。僕の個人的な体験から来る個人的な信念です。
都合よく周りが動くかどうかより「本当にこの人は実在している」ということの方が大事です。そこがあって始まるのですから。
とにかく、大抵の争いは口喧嘩してまとめることなどできない問題です。
事実の把握はしっかりした方がいいでしょう。
私が何をしたのにこんなこと言われたとか、そういう細かい部分より認知の世界で何が起きているのかを把握した方がいいでしょう。
「私が都合よく出たり消えたりする存在になっている!」
こっちの方が、気づかなくてはならないことだと僕は思います。
あなたは人間扱いされていない、ということなのですから。
都合のいいことが起きるかどうかより、実在の人間としてまず認知してもらえないと話にならないですよ。

