存在自体を無視されているのに気づかない人 ~無料記事~
しかしここは道理で考えれば当然なのです。
他人に存在しなかった悪者として扱われている人は、「相手を存在しない良い人にしなくては一緒にいられない」のです。
相手をいい人に扱うのは、いいことだと思えるでしょう。しかし、良し悪しは関係ありません。
「事実と異なる」
ここが重要なのです。いいか悪いかなんてどうでもいいのです。
どっちにしろ「本人が思いたいように勝手に作っただけ」であるのは間違いないのです。
「家族と一緒にい続ける理由」を作るためには、親が体裁でしてくれる形だけちゃんとしている部分でも利用して「本当は私のことを考えてくれている」ということにでもするしかないです。
普通ならそんなことはしません。ことこれは「親子にのみ起きやすいこと」です。
しかしこの認知の間違いが人生全体に影響していくのです。
本人にとっては重大な問題です。
家族の中に「存在もしない良いことを思っている人」を実在するかのように設定してしまった。
すると「他人の中に存在しない悪いことを思っている人」を実在するかのように生み出さなくてはならないのです。
「存在しない優しい母」を生み出している人が、いつまでも親に期待して他人と破綻していく。
そんなことが起きます。よくあるパターンです。
すべてを事実で埋め尽くさない限り「この部分だけ都合よく」というわけにはいかないのです。
自分を軸にしてすべてが繋がっているのですから、他人はバラバラに存在していたとしても、自分の中でつじつま合わせをするためにはそれしかないのです。
自分を悪者に仕立て上げてくる人と一緒にいるためには、それしかないのです。
「いつかはきっとわかってくれる」としたら?
「本当は悪い人ではない」と、いうことにできる。のです。
だから、「最後には私のこともわかってくれて、大団円!」なんてゴールを夢見ることができるのです。
存在しない人間を存在させているから、あり得ない未来をゴールにできるのです。
しかし、それはないのです。
ないものはない。いないものはいない。
そしてあるものはあるし、いるものはいるのです。


