妄想恋愛ストーカー女子にしてほしかったこと ~無料記事~
僕は子供の頃から「普通の食卓」を殆ど経験していません。なので、料理はできるのですが、日常の家庭料理がまったく「思いつかない」のです。
皆さんの想像がつかないほど、食べた記憶がないからです。
作ることは可能でも、思いつかないならば作れないです。
魚は九割方焦がすのは仕方ないとしても、味噌汁もある女子が作るのを見ていて「できあがりの量の水を入れないものなんだ」と知りました。2018年のことです。それまでは毎回大量に作ってしまい、消費するのに苦労していました。
基本的には相手のご機嫌をなだめ楽しませたり励ましたりするための時間しかなかったので、僕自身がお願いしたかったことは全然してもらっていません。
空想の存在にできることは、現実とは関係ないことばかりですからね。
とはいえ、僕は現実を生きていて、更に一人で生きていくのは寂しいと思っている人間なので、他人が元々やっていること以外は特にしてもらいたいと思うこともありません。
相手が今まで通りでもできることだけ望む。それは誰かと一緒にいたい時の基本です。
自分といるために「普段はやらないこと」をしなくてはならないならば、自分といるためのハードルがものすごく高くなります。
本当に道具のように使い捨てても構わない人はそれでもいいのです。特定の誰かと関係を作りたいと思わないので、他にやってくれる人がいるならいくらでも喜んで切り替えができるのです。恨むことはあっても寂しいとか、この人でなくてはダメ、という気持ちはわかないのです。
平穏に続く関係では、今まで通りでい続けられる。それが大事です。
恐らく、相手にとっては料理を教えることは造作もないことだと思います。
ただ、それは本人にとっては面白くはない、やりがいはないことだったのかもしれません。
口にする機会もありませんでしたし、そんなこと考えていられる状況でもありませんでしたからどうなのかはわかりません。常にストーリー性のあるドラマが起きているので、普通のことはできませんでしたね。
ストーリーがある世界を生きている人は、平和とは無縁です。それは誰であってもそうですね。その人が生きる人生に何かのストーリーがあるのなら、もう平和なんてないです。


