妄想恋愛ストーカー女子にしてほしかったこと ~無料記事~

 神経症の人は「他人の望みに対して鈍感」と言われていますが、一緒にいると本当に個々の望みがわからないのだなと思います。
 してほしいことは全くしてくれないのに、別にしてくれなくてもいい、ものすごいことはいくらでもしてくれます。餌を与えると喜んで言うことを聞く生き物だと思われていることは明白ですね。

 本当にしてほしいことはもっと大したことないことなのですが、それでは本人が目立って尊敬してもらい、更に見返りとして何かさせるなんて期待できませんからね。

 心から感謝されて尊敬はしてもらえても、見返りが大事な人にとっては「好かれる」「尊敬される」はどうでもいいことなのです。言葉では求めているように言っていますが、実際には違いますから。

 常に、一般的に「すごい」と言われることばかりやりたがり、望みなんて個々に違うと考えないのです。

 個々に興味がないのですからしょうがないですね。相手は誰でもいいわけですから、そうした意味では楽なんですよ。

 どうせ代わりがいくらでもいますから、自分が相手を傷つけることになっても気にしなくて済みます。罪悪感を抱えなくていい、ということです。自分が軽んじられた時に唯一といってもいいくらいの利点ではないでしょうか。

 「相手はどうせ他にいくらでも代わりがいるから、自分に下心がない限り罪悪感を抱えずに済む」

 少なくとも「特定の人に対する感情」における「傷つく」ということ自体がないですね。そりゃそうですね。その人の親だって、兄弟のどの子でも気に入ることさえしてくれればいいのですから。

 この人しかいない!と思っている人と離れるなら辛いでしょう。

 でも、「これをしてくれれば誰でもいい」の人は怒るにしても個々に対しての唯一無二の気持ちがありませんから、期待したことへの恨みがあっても、寂しいとか辛いとか、「人」との別れの時に感じるようなものは感じないのです。

 本当ですよ。僕も最初はそうだったから知っています。

 あれだけ散々話してきた「本当に親切な家族とその家の子」に対しても、最初はただ恨みが湧いてくるだけでした。

 真剣に深く考えて、今まで起きていたことを「ありのまま」認識した時に、初めて感謝したり反省したりできたのです。
 相手の人格や個人への感情が湧いたのは、それ以降の話です。
 それまでは「もらえたから嬉しい」「もらえないから憎らしい」くらいの感情しかなく、動物みたいでした。

 ちなみに、妄想恋愛ストーカー女子のことを例にはしていますが、毒親の皆さんの親も同じなんですよ?

 子供がどんなに必死で訴えても何をしても、深く考えて今まで起きていたことを自覚していない親は、子供の気持ちなんて想像して実感はできませんよ。

 個々に対して感情もないです。

 離れても別に寂しくはないですよ。自分のことしか考えませんから。皆さん自身と同じなのです。

 「~してくれる人」が欲しいだけで、関係性に応じて、また個々に対しての感情は「個別認識する認知能力がないので湧いてくることは不可能」です。

 個別に湧いてくる感情は、そもそも「個別認識」できてからの話なんですよ。

 そこまでわかるようになると、本当に個々に対する強い実感も湧くのです。

 認知能力が高くならないと、小さなことで喜びなんて感じないんですよ。だからこそ、派手でわかりやすいものばかり求めるのです。

 貧乏人は認知能力を高くして幸せになるしかない、ということです。